傑作。歪んだ倫理観や斜め上を行くイマジネーション、そしてヘンテコ・エロスと石持ミステリの特色は数あれど、やはりミステリとしてのロジックを際立たせた結果として抜群の個性を放っているのは、読者目線からはどうしても歪んだものに見えてしまう作者ならではの異様な倫理観と価値観、でしょう。しかしこの歪みやずれというのも、元はといえば読者がいるリアル世界と地続きの物語世界に、石持氏ならではの奇天烈な考えをブチ込んだがゆえの結果であって、「だったら始めから歪んだ世界を物語の舞台にしちゃえばいいジャン」と発想の大転換をはかったのが本作で、最近の石持ミステリならではの推理思考とサスペンスを融合させた風格がイッパイに堪能できる一冊です。
収録作は、国家反逆罪の主犯が公開処刑を行われる場所で、警察とテロリストとの裏の裏を読み合う攻防を臨場感溢れる筆致で活写した傑作「ハンギング・ゲーム」、「ドロッピング・ゲーム」、「ディフェンディング・ゲーム」、とある売春婦のお客ばかりをロックオンする殺人犯探しにテロリストの影をほのめかせる「エミグレイティング・ゲーム」、政府主導のカワイイ祭りに警察とテロリストの好敵手が命を賭した一戦を行う「エクスプレッシング・ゲーム」の全五篇。
冒頭の「ハンギング・ゲーム」は、収録作中一番のお気に入りで、国家反逆罪の実行犯でなく教唆を行ったものも死刑、というグロテスクな国家像はかなりアレながら、個人的には公開処刑をひとつの娯楽としてアッサリと受け入れてしまっている国民の姿もかなりアレ。しかし従来の石持ミステリであれば、読者のリアル世界と物語世界とをどうしても比較してしまい「ねーよ」の一言で笑って済ませたものが、本作ではそもそも物語世界そのものが「そういうもの」になっているところがキモ。そうすることでより「この国」のグロテスクさが際立ってくるという戦略は大成功。
第一弾、第二弾と死刑囚奪還のネタを繰り出してくるテロリスト野郎どもと、その先の先、後の先を読みながら撃破していく警察との攻防がノンストップで描かれる展開は手に汗もので、派手なドンパチがない代わりに、アイテムの用い方など意表をついたネタをしっかりと凝らしてあるところもいうことなし。これが最後かな、というネタは前半の伏線から読者にも十分に予測できるものながら、最後の最後にテロリスト野郎が見せたド派手な仕掛けは、歪んだ物語世界におけるテロリストだからこその現実感を持って迫ってきます。
これが従来の石持ミステリのように、読者のいるリアル世界でフツーの人間が行っていれば、「ねーよ」の一言でアッサリと笑ってすませられるものの、「この国」のためにという強烈な動機があるテロリストの破天荒な行動ゆえ、読者としても受け入れざるをません。そして、その戦いをきっかけに警察とテロリストの二人を好敵手として新たなドラマを予感させる幕引きも秀逸で、この二人の次なる攻防が最後の「エクスプレッシング・ゲーム」で描かれるという構成も素晴らしい。
石持ミステリといえばヘンテコ・エロスに期待しているキワモノマニアとしては、「エミグレイティング・ゲーム」は売春宿を舞台としていると聞いただけで胸をときめかせてしまうのですが、期待されるヘンテコ・エロスはナッシング。とはいえそこは石持氏でありますから、売春婦のお客ばかりを狙うという殺人鬼が被害者に狙いを定めるあるものにしっかりとエロスを施し、そこから犯人限定のフーダニットを展開させていくロジックなど、収録作の中ではやや小粒ながらシッカリとまとめてあるところは好印象。
そして最後の「エクスプレッシング・ゲーム」は、「ハンギング・ゲーム」でライバルとなった警察とテロリストの二人が再び相まみえるという一篇で、今回の舞台はお役所主導のカワイイ祭なるイベント会場。そこの官僚の警護を行うことになった警官とテロリストとの戦いが描かれるのですが、これまた畳みかけるように二の手三の手とネタを繰り出してくるテロリストとその先を読みながら撃破していく警官との頭脳プレーは、派手なアクションとも相まって、人によっては「ハンギング・ゲーム」以上に愉しめるのではないでしょうか。
不思議なのは、そのいい人キャラから主人公である警官を応援すべきであるものの、それと同じくらいテロリストにも頑張れとエールを送ってしまえるところでありまして、警官もテロリストと好敵手ながらどちらも「この国」のために行動を起こしてい、いずれもが納得出来る理屈を持っているところなど、物語世界の歪みとリアル世界を対置することで色々と考えてしまう仕上がりになっています。
物語世界をリアル世界とは違うものとして構築しつつも、かといってそれが大きくリアルから離れていることはなく、逆に現実世界の歪みを肥大化、誇張させることで、物語世界の違和感を逆にリアルにもあるものとして突きつけてみせるという、従来の作風から見ると逆説的ともいえるアプローチも秀逸です。
ここまで素晴らしい短編が目白押しとあれば、主人公である警官とテロリスト野郎の好敵手二人で是非とも続編を、と期待してしまうわけですが、そうした読者の思いをアッサリと退けてしまう石持氏の淡泊さ、――というか、この幕引きにもったいないなア、と感じてしまったのは自分だけではないと思うのですが、いかがでしょう。
まあ、登場人物は変わっても、「この国」のことをもっとモット知りたいという思いは強く、ここはミスター石毛に頑張ってもらい、何としても石持氏を説き伏せ、続編を書かせていただきたい、と強く願ってしまうのでありました。リアル世界を舞台にした近作「攪乱者」に「ねーよ」と苦笑した読者にも有無を言わせぬ戦略によって歪んだ人工世界を舞台に極上の頭脳戦とロジックを大展開してみせた本作はある意味、石持ミステリの代表作にして大いなる到達点といえるのではないでしょうか。オススメ、でしょう。