「さかさ」とほぼ同時期にリリースされたクラニーの新作。「さかさ」の作風とのギャップにこれまた頭がグルグルしてしまうあたりは、本格ミステリの傑作「遠い旋律、草原の光」と「ひだり」をセットで読んだ時と同様ながら、笑いの要素が近作の中では一番激しいのでは、という一冊で、大いに愉しむことができました。
物語は、売れない作家がヒョンなことから伊賀独立の悪ノリへと関わることとなり、そんなこんなでホンモノの忍者も交えてテンヤワンヤの大騒動が、……という話。ホンモノの忍者が何で出てくるのか、というあたりは実際に本作を手にとって確かめていただくとして、本作の場合「ハートウォーミング系」ながら、「活字狂想曲」や「田舎の事件」「不可解な事件」などの事件シリーズで爆発を見せたクラニー流の笑いが増量されているところに注目で、ヘタすると一頁にひとつは笑いのネタが仕込んであるんじゃ、というほどの素晴らしさ。
伊賀立国のためのイベントが思わぬトラブルによって頓挫し、その後のリベンジでトンデモないことになってという流れから最後に「ほろりとさせられる」結末へと到る展開など、あとがきでクラニーが述べている通り、「喜劇のエンターテイメントの王道」路線が心地よい。
個人的に興味深かったのが、ハートウォーミング系はもとより、近作では「深川まぼろし往来―素浪人鷲尾直十郎 夢想剣」などにも見られた「生者と死者」との交流という王道怪談にも通じるテーマが添えられ、それが「ほろりとさせられる」王道の結構を見事に引き立てているところでありまして、思えばそうしたテーマを本格ミステリ的なアレ系の仕掛けへと結実させたアノ作品やアノ作品なども思い返すに、この「生者と死者」という主題は、怪談をこよなく愛するクラニーの小説世界には欠くことの出來ない要素なのかもしれません。
そうした視点から見てみると、アレ系とは少し異なる本格ミステリ作品「遠い旋律、草原の光」にしても、暗号の解読によって死者の悲哀が生者の前に立ち現れるという構成によって素晴らしい盛り上がりを見せる中盤の展開もまた、こうしたクラニーの小説テーマを暗号解読という本格ミステリのガジェットによって達成してみせたものと見ることも出來るし、……というわけで、作者の作品をずっと追いかけてきたファンであれば、王道路線に見られるクラニーならではの技巧を堪能することができるのではないでしょうか。
さらに本作ではこのテーマを「ほろり」へと盛り上げるために、ほんのりとラブ・ロマンス(笑)の味を効かせているところも効果的で、要所要所に添えられた笑いのツボが愉しめるのは勿論、王道路線を盤石に構築してみせた作者の筆捌きを堪能するのも面白いと思います。
「三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人」の世界バカミス☆アワード受賞によって、クラニーといえばバカミス、というのがミステリ読みの常識となりつつある今、その一方で怪談からホラー、そしてハートウォーミングな作品まで多様多彩な風格の作品を描き切ってみせる作者の才能を知ることのできる本作、「田舎の事件」など、とにかく笑えるネタをイッパイに凝らしたユーモアものを所望の本讀みから、「ほろりとさせられる」王道喜劇がいい、という方まで、幅広い読者層に受け入れられる一冊といえるのではないでしょうか。オススメ、でしょう。