おそらく自分のようなロートル世代だと、本作を読んだ百人中百人が村上春樹を連想するのでは、というようなぬるーいけど甘ーい、というか、気取ったヴェールで中二病を包み込んだような風格ながら、そうしたぬるさイッパイに流れていく物語が最後の最後で驚きとともにボクちゃんへの絶妙な癒やしへと転化する結構は見事の一言。
物語は、何やらヤバいことをしでかしたらしい語り手が、留置場の中で過去を回想する、――ところから始まります。こうした結構から過去語りと、語り手がしでかした犯罪がどう結びついていくのかというあたりがミステリ読みとしては気になってしまうわけですが、ハッキリ言ってしまえばそのあたりに大した驚きはありません。罪といっても、これが連城フウに括弧書きで「罪」と書き、超絶な言い回しで読者の主観を操作してしまうような技巧を凝らしているわけではなく、最後の最後で、パンピーだったらまず理解不能、というボクちゃんの「犯罪」が明かされます。
上で「理解不能」といいながらも慌てて付け足すと、最後の最後に或る強烈な驚きが本作には凝らされてい、それによって過去と現在が連關され、単なる郷愁から生じた狂気かと思われていたこの「犯罪」の動機に大きな説得力を持たせた結構は秀逸で、個人的にはこの技巧だけでも本作は大いに買い。
留置場にいる語り手の年齢設定と、中二病を発病している過去の対比が見事で、このギャップにいったい何があったのか、と読者の興味を惹かせながらも、最終章で時間を大きく飛躍させることで、イッキに語り手の「犯罪」を明らかにし、現在と過去の連關から生じる驚きを引き立ているところも素晴らしく、件の「犯罪」を謎として物語の推進力とするようなミステリなは希薄ながら、後半に仕掛けた「驚き」をフックにして、件の「犯罪」の動機に必然性を持たせた結構など、いかにもメフィストらしい仕上がりも好感度大。
とはいえ、本当に最後の最後にこの驚きが、ある意味さらっと語られるゆえ、案外このあたりにたいして気がつかずに讀み流してしまう人もいるのでは、という気もするし、最後の最後の驚きのためとはいえ、延々ぬるーい恋愛ごっこを読まされる苦行はかなり読者を選ぶような気もします。
もっとも恋愛ごっこといっても、恋愛も知らないウブなボーイだったら本作のヒロインとの純愛(笑)にドップリと感情移入も出來るだろうし、「エッチはダメよ」とか「エロ抜きで男女の友情(笑)」みたいな素振りを見せる作中の娘っ子たちが、童貞男だったら絶対に一度は妄想するであろう「可愛い女の子とのアメ口移し」を演じてみせるところなど、そうした童貞ボーイたちが膝を乗り出してしまうようなシーンもシッカリと凝らしてあるし、そうした部分は「村上春樹を読んでる私ってオシャレ!」と周りにはアピールしながらも、「もしかして……村上春樹ってけっこうエロくない?」とボンヤリとながら感じているスイーツどものハートをねらい打ちできるであろうし、――というふうに童貞男からスイーツ女などを射程に入れた全方位的作風は、メフィスト賞受賞作というミステリに近い枠組みにおさまることなく、一般小説の読者にも十二分にアピール出來るポテンシャルを持っています。
完全に読む人を選ぶ、というか、ハッキリいってしまえば読む人の年齢によってかなり評価が分かれるような気がする本作、個人的には、最後の最後に仕掛けられた「驚き」が語り手の癒やしへと転化する結構など、「結局これってリア充野郎の壮大なオノロケだよね?」と苦笑してしまう一作ながら、自分のようなロートルよりは、もっと若い世代に読んでもらいたい気がします。
個人的にはこの中二病的、春樹的ヌルさが、最後の驚きの効果をあげるための擬態なのかが気になるところで、仮に擬態だとしたら、案外、作者は詠坂氏のような大化けする可能性もあるわけで、次作を大いに期待したいと思います。