クラニーの新刊が竹書房文庫からのリリースというのはかなり意外だったのですけど、内容の方はというと、竹書房というレーベルを意識してか、あとがきも含めた外枠に実話怪談フウの装飾を凝らした連作短編集。もっともそこはクラニーでありますから、ホラーマニアをニヤニヤさせる趣向や、クラニーの怪談やホラーでもかなり怖い「百鬼譚の夜」フウの仕掛けを凝らしてあったりと、遊び心が感じられる一冊に仕上がっています。
物語は、クラニーが不動産屋の女性から聞きだしたヤバい物件にまつわるお話をまとめたもの、という体裁ながら、怪異に絡め取られてキ印へと華麗なる変身を遂げていく人物を活写した物語という点ではいつものクラニーの作品として愉しむことができるものの、短編ゆえか、皆殺しパーティーというほどの祭りには至らず、おのおのの短編もやや呆気なく終わってしまうところは、クラニーのファンとしてはチと物足りないというか。
寧ろそれぞれの短編に凝らされた怪談の名手としてのディテールや、本格ミステリ作家としての仕掛けなどの部分を堪能するのが吉で、例えば「遮断機が上がったら」の踏切の音が脅迫的に頭ン中に鳴り響いて、次第に主人公を追いつめていくところの描写や、「腐った赤い薔薇」の、まさに行間からプーンと漂ってきそうな腐臭の描写など、祭りのような動的な盛り上げどころこそ希薄ながら、じわりじわりと話がイヤーな方向へと進んでいく静的な展開はかなりツボ。
また、仕掛けという点から見ると、「灰色の浴槽」が終わったあと、この物語の中でチョッとだけ語られていたあるつぶやきの真意が「間奏 V」で明かされる趣向がいい。この二文字から読者がイメージ出來るのは、作中で倉阪が指摘する二文字かと思うのですが、それよりもさらにゾーッとさせるような真相が用意されています。これはかなり怖い。
「倒立する天使」と最後の「舌を出すタヌキ」は、前者のコテコテな関西弁や、タヌキのマークといった細部からクラニー・ホラーならではの笑いを感じさせます。「倒立」の方はこれまた予想通りのオチへと着地するものながら、「タヌキ」の方はかなり意外な展開を見せ、「間奏」でシツこいくらいに言及されていたホラー映画ネタが最後にこういった帰結のための伏線だったことが明かされるところが秀逸です。
ホラー映画ネタでは、カクテルの名前は勿論ながら、「地獄のモーテル」の「MOTEL HELLO」ならぬ言葉遊びと暗合めいたこだわりが感じられるところは流石クラニーといったところで、さらには件の組織の首領が「ここにしましょう」といって例のブツをブスリとやるところなどでも、某ホラー映画の名場面を想像してニヤニヤしてしまいました。
また、「間奏」に凝らされた全体の連関と組織の存在は、定番の「あいすみません」こそ登場しないものの、「百鬼譚の夜」といった風格も感じられ、シリーズ化されるのであれば、どういうかたちで続けられていくのか、興味深いところです。
竹書房文庫の実話怪談ものを愛する怪談ジャンキーの方が、本作をどう受け止めるかはチと不明ながら、クラニーのファンであれば、角川ホラー文庫同様、安心して愉しめる一冊といえるのではないでしょうか。