本格ミステリ作家が書いた誘拐ものは見事に決まれば傑作となることを示した一冊で、堪能しました。物語は、学校から帰ってきた娘っ子が家に帰ってきてみたらトンデモないことになっていて、この事実を隠蔽し、自分の未来をこの手で・拙むため狂言誘拐を思いつき、……という話。
まず、フツーに生きていたらエリートになるんだろうな、という娘っ子が両親のトンデモな過ちもせいで奈落に堕ちるという展開が石持ワールドで、ここから友達をも巻き込んで狂言誘拐をカマそうとたくらむというトンデモなさも、「ガーディアン」で悪魔的な娘っ子を活写してみせた氏ならではの強引ぶりが光ります。
狂言誘拐を企む娘っ子と、この悪魔っ子にロックオンされた新聞社との丁々発止のやりとりをサスペンスを交えて描き出すというのが本作の結構でありまして、石持ワールドになくてはならないロジックという視点から見れば、本作では犯人も明らかにされていて、その犯行の目的も身代金をせしめることというフウに目的もまた明確にされているゆえか、それほどの強度はありません。
本作では、ロジックのプロセスやその着地点を愉しむというよりは、むしろ犯人である娘っ子たちの悪魔的な操りが、敵方となる新聞社の大人たちにはどのように受け止められるのか、そして彼らにカマせられた誤導がどのように繙かれていくのか、――そのあたりををトレースしていく精妙なロジックに注目でしょう。
誘拐ものとなれば、当然最大の山は身代金の受け渡しのシーンで、その方法に作者は技巧を凝らして見せるわけですが、本作で娘っ子が考えついた方法もまた型破りなもの。大人たちの心理を先読みしながら、それに先手を打って様々な仕掛けを凝らしていくその悪魔的な頭脳に驚いてしまうものの、このままアッサリと終わるはずもない鬼畜さがまた石持ワールドの持ち味でもあります。
傑作「水の迷宮」にも比肩するサスペンスなど、狂言誘拐という趣向から生じる盛り上げ方ばかりに眼がいってしまうわけですが、ここで忘れてはならないのが「耳をふさいで夜を走る」以降、紳士淑女の本格マニアからは暴走気味とも受け取られかねない石持ワールドならではヘンテコ・エロスの妙味でありまして、「耳をふさいで」では「ザーメン臭いコンビニ袋」というアイテムにも絶妙な「気付き」とロジックを凝らして本格ミステリの趣向へと結びつけてしまった豪腕ぶりが本作でも炸裂。
「ガーディアン」では、おもらしマニアに配慮したシーンや台詞で度肝を抜いた石持氏は、今回もあるフェティッシュなアイテムを狂言誘拐への絶妙な「気付き」として作中に凝らしてい、娘っ子と同じ新聞社の女がその刹那、探偵となって、この気付きから瞬時に頭を働かせて推理を構築していくところは、本作の大きな見所のひとつでしょう。
またこのアイテムに絡めて、「おもらし」ならぬ、中学生の娘っ子二人の「唾液」に着目した繊細な推理が見事に効いていて、再読すると、その前にチラリと悪魔っ娘が口にした「まさか、わたしの**食べたくないでしょ?」と友達に口する台詞もまたこの「気付き」の伏線になっていたんだナ、と読者に悟らせる細やかさなど、エロやフェチもロジックに組み込んでみせるという石持ミステリならではの技巧も秀逸です。
しかし「耳をふさいで夜を走る」のザーメン、「ガーディアン」のおしっこ、そして本作の「唾液」と、精緻なロジックは勿論のこと、キワモノマニアとしては、いったい次はどういうフェチっぽいネタをロジックに結びつけて魅せてくれるのか、――そのあたりが妙に気になってしまいます。
本作では、「歪んだ」といえるほどヘンテコな倫理観は感じられず、悪魔っ娘の敵方となる新聞社の対応も常識の範疇で理解できるものであるし、悪魔っ娘の企んだ狂言誘拐にしても、確かに奇天烈といえば奇天烈だけれども、それなりに納得できる理由が添えられているところなど、その点ではややおとなしい風格であるところは、石持ミステリのビギナーにも充分アピールできるのではないでしょうか。
とはいえ、局部をむき出しにした女子中学生のエロ写真を無理矢理見せつけられ、当惑する女の姿を男衆が取り囲んでニヤニヤとその反応をねばい視線で眺めるシーン(意味不明。でも読めば判ります)や、むき出しにされた娘っ子の局部にタッチして「幸あれ」と呟くラスト・シーンなど(意味不明。でも読めば判ります)、頭を抱えてしまう場面もシッカリと添えて、キワモノマニアにも配慮してあるところは好印象。
劇的な盛り上がりこそないものの、相手の意識を先読みした操りと、誤導をトレースした推理の開陳という石持ミステリの中核をなす愉しみどころに、「水の迷宮」にも通じる上質なサスペンス、さらには最近の石持ワールドではことに重きを置かれているリーマン社会の描写に加えて、「ガーディアン」で氏の作品のファンとなったおもらしマニアも大満足の、フェティッシュとロジックの融合というアクロバットを炸裂させた風格をイッパイに堪能できる本作、石持氏の新たな代表作、といえるのではないでしょうか。オススメ、でしょう。