御大セレクトのアジア本格リーグ第三弾。韓国のミステリ事情に関しては何となーく耳にしていたのですが、いくつかある候補の中から本作が選ばれたのはチと意外でありました。
物語は、ジャケ帯にハリウッドでの映画化の話もあるという通りに、謎の様態やロジックよりもサスペンスで読者を引き込んでいくという風格で、こうしたところからもそのまま讀み進めていくと「全然本格じゃねージャン」というような印象を持たれてしまうやもしれず、本格ミステリとして愉しむにはやや注意が必要、カモしれません。
ノッケからヤバい人に薬入りの酒を飲まされて朦朧としている人物が車で轢き殺されるという映画的なシーンから始まり、その後、画家の失踪と館長の自殺という具合に「事件」が展開されていく、――というところから日本の本格讀みであれば、チャンと「事件」が起きているし、館長も死ぬわと、こうなれば物語はこうした個々の死の真相に注力した読みへと傾いてしまうのは必定ながら、本作ではこうした個々の「事件」に焦点を当てた展開は退け、これらの死の背後に隠された贋作事件を中心に描かれていきます。
なので、館長が自殺したからといって、「本格ミステリで自殺とくれば他殺だろ。ではそのトリックは何よ」といたずらに推理を働かせてしまうのですが、実際はというと、……これはネタバレしても良いと思うんですけど、館長の死についてそうした本格読みとしての感性を働かせながらあれこれとトリックをイメージしてしまうのは御法度です。
この館長の自殺を前提としてはじめて、その死にまつわる様々な違和が登場人物たちに「謎」として認知されていく結構でありまして、館長が大々的な展覧会を途中でやめてまで国内の展示を強行したのは何故なのか等等、彼の自殺を引き金に浮上してきた謎がやがては韓国美術界をも巻き込んだ贋作事件へと繋がっていくという展開にも、本格というよりはサスペンスを活かした社会派といった雰囲気が強く感じられます。
かといって仕掛けがないというわけではなく、贋作事件の中心人物が二転三転していく流れや、芸術というものに対する真犯人の倒錯した動機や、さらにはそうした歪んだ心情に絡めて贋作をつくりだすメカニズムに隠された逆説的な真相など、個々の死というよりは贋作事件を中心に据えた構図を俯瞰してはじめて本格としての趣向が見えてくるという一冊ゆえ、繰り返しになりますが、館長のコロシや画家の失踪事件といったものは描かれてているままに受け止め、暗号や倒錯逆説を凝らした贋作事件の構図に注力した読みをオススメしたいと思います。