ジャケ帯に曰く「予想外のエンディングに各書店員さんも驚きと感銘をあらたにした青春マラソンホラー」。「青春」と「マラソン」のコンビはいいとして、そこに「ホラー」という異質な言葉を交えることで何とも奇妙なことになってしまっている本作、実際はホラーというよりはジャケ帯に宇田川氏が書いている通りに「幽玄」を描き出した幽霊物語でもありまして、例によって例によるクラニー式の騙しを添えた風格がファンには微笑ましい一冊です。
物語は、失恋からままよとばかりに二十四時間耐久レースに出場することにした娘っ子や、大学のマラソン愛好会、シマウマの着ぐるみで走る哲学男など件のマラソン競技に出場した彼らの逸話を重ねていくという結構で、前半は非常に淡々と進んでいくものの、競技が七時間を過ぎたあたりから様々な事実が明らかにされていきます。
ようやく件の怪異が立ち現れ、やがてクラニーならでは仕掛けによって隠されていたある事柄が読者の前へと開陳される譯ですけども、ジャケ帯に「ホラー」とあるからには、どうしても走者が怖ーい幽霊に追いかけられて、とかそうしたシーンを妄想してしまうとはいえ、本作には上にも述べた通りそうした「ホラー」的な要素は薄く、寧ろ「癒やし」をふんだんに盛り込んで登場人物たちの内心を描き出すという「泣ける小説」の風格が前面に押し出されているあたりは傑作「湘南ランナーズ・ハイ」を彷彿とさせます。
しかし「ランナーズ・ハイ」の方が、マラソン競技の進んでいくなかでさりげなく描かれるシーンのそこかしこに伏線を鏤めつつヒロインの隠された思いに大きく焦点を合わせた結構であったのに比較すると、本作ではマラソン同好会の仲間とシマウマ男など参加者のそれぞれがマラソン競技を通じて見えない糸で繋がっていく、――というふうに登場人物一人の心情といいうよりは寧ろその連關に重きが置かれているように感じられます。
競技を終えた最後のシーンで、またまた「イアラー!」と心の中で叫び出したくなる台詞を添えながら、競技を通じて「癒やし」を得た登場人物たちの再会を予感させる幕引きを描き出しているところからもそうした本作の狙いが見えてくるのですが、登場人物たちの思いを繋いでいくものがマラソン競技だとしたら、現実世界と向こうの世界を繋いで怪異を現出させ、癒しの逸話を紡ぎ出すという役割を担わされているのが、件のヒロインとなる娘っ子ながら、ヒロインだというのに彼女の存在はどこか希薄。
実際、物語の中で語られる逸話のほとんどは愛好会の仲間たちとシマウマ男の哀しいモノローグで占められてい、特に怪異体質を持つヒロインの登場によって「語られていない」伏線からクラニーならではの仕掛けが明らかにされる後半部は本格ミステリ讀みとしては大きな見所、――といえるのかどうか(爆)、傍点も交えてその仕掛けを開陳するクラニーの筆も今回はやや控えめで、そうしたところからも、本作はミステリ読みよりは寧ろ小説に癒やしを求めてやまないパンピー層に狙いを定めた作品なのかなア、という気がします。
「マラソン」に「癒やし」とくれば、やはり自分としては傑作「湘南ランナーズ・ハイ」を推してしまいます。本作を読まれて「マラソンに癒やしって悪くないジャン」なんて感じられたお方には是非とも「湘南」の方も手にとっていただければと思います。あちらの方は「癒やし」の要素も本作に比べて四割り増しくらいになっている逸品ゆえ、必ずや満足すること請け合いです。傑作「遠い旋律、草原の光 」をガチンコのフルマラソンとすれば、本作は「遠い旋律」を上梓した後のクールダウンとでもいうべき緩さの際立った風格ゆえ、軽い読み口でマッタリと愉しむのが吉、でしょう。