傑作。泣ける本格として大推薦したい逸品で堪能しました。
あらすじを簡単に纏めると、いっこうに芽が出ないギター弾きのダメ男が、不思議チャンの予言を信じて惚れた女のために奔走する、――という話。
「リピート」の乾氏が推薦で、ジャケ帯に「逆」転劇とあるものですから、そのタイトルが「リバース」と来れば、乾氏のあの作品で最後にアレになっちゃうみたいな青春群像幻想譚かと勘違いしてしまうんですけど、タイトルの「リバース」はそっちじゃなくてあっちの方、というところはとりあえず置いといて、再びジャケ帯に目をやると、乾氏曰く「主人公の男は負け犬かつ忠犬」とのこと。
主人公のボーイは音楽活動に勤しむものの成果無しで、一目惚れした美女と付き合うことができてホクホクだったのがエリート醫師に横取りされて、――といったあたりは確かに「負け犬」ではあるものの、「忠犬」の方はというと、フラれた女に対して「お前のことが心配なんだよウ」とシツッこくつきまとう辺りは「忠犬」というよりは完全にストーカーのそれ。
さらにフラれた女にシッこくつきまとう理由というのが、ヒョンなことで知り合った娘っ子が不幸な未来を見通すことができるという不思議チャンで、彼女曰く、何でもボーイをふった彼女が殺されちゃうかもしれないから守ってあげてといわれたから、――と、物語の外にいる読者にしてみれば、ボーイがシッっこく元カノにつきまとうのは不思議チャンの言葉を「信じて」彼女の身を「案じて」いるというよりは、ただ單に本当ともウソとも判らない不思議チャンの言葉に「縋って」「自己正当化」しているだけじゃないノ、なんて思えてしまうのですけど、そうしたところを差し引いても、巷では元カノに似た娘たちが殺されているという事件が発生しているというから穩やかじゃない。
負け犬ボーイは、連続殺人の犯人は絶対に自分のカノジョを横取りしたエリート醫師と斜め上の認定をしたすえ、このエリート野郎に激しくつきまとうというストーカー行為を敢行、やがて本当に元カノが襲われて……。
本作の素晴らしいところは、「ヒメちゃんスタイル」なる、エビちゃんを想起させるお嬢ファッションの娘が狙われるという事件を縱軸に、元カノがその事件に巻きこまれるという結構に見せながら、その実、本作では複數の構図がいくつも重なっており、「探偵」であるボーイはその重なり合った絵圖を一つの絵と見ているに過ぎないのですが、それをまったく気取らせないよう巧みにその「重なり」を隠しおおせているところでしょう。
またこうした「重なり」を一息に見せるのではなく、件のヒメちゃん事件が「解決した」ところから一枚一枚重なり合った絵圖をはがしていくことで、一枚の構図の中心にいた登場人物たちの隠された心情を明らかにしていくという結構が秀逸です。
件のヒメちゃん事件に関してもささやかなミスディレクションを配しているのですけど、この中盤の「解決」が実は複數の構図の存在を浮上させるためのフックであったことが開陳される後半の怒濤の展開は素晴らしく、「解決」からイッキに急展開して、二つのシーンを交錯させながら予言の意味が読者の前に明らかにされるところもいい。
しかし本作が非情悲哀の恐るべき事件の構図を明らかにするのはここからで、ヒメちゃん事件はいうなればこの「重なり」あった絵圖の一番の表に見えていたものに過ぎません。この一番上の絵をはがしたところから現れたもう一人の主要登場人物の「ディープな話」と交錯させた「いい話」めいた「後日譚」で終わりかと思いきや、この後の展開はまったく予想していませんでした。
まさに事件がすべて解決して「いい話」で幕、――と一息ついていたところで負け犬ボーイが「探偵」となって、「真犯人」を告発するシーンの素晴らしさ。そしてこのボーイの推理によって、「重なり」あった絵圖の向こうにすかし見えてきた様々な伏線が明らかにされていくところはもちろんのこと、件の事件に絡めて「真犯人」の「動機」が明かされるところは涙なしには讀めませんでした。
この「真犯人」のいかにも普通に見えた振る舞いがすべては完全犯罪への準備であったこと、さらにはこの犯行が明かされることによって、この「真犯人」に対する心象がまったく變わってしまうという逆転の見事さ。さらには「探偵」はこの完全犯罪を告発する側でありながら、この犯行を行う前に「真犯人」が行っていたある「問いかけ」によってすでに敗北していたことが明かされる場面(274p)は、本作最大の見せ場でもありましょう。この「探偵」と「完全犯罪」をやり遂げた「真犯人」の悲哀溢れる対決シーンの美しさは是非とも実際に本作を手にとって確かめていただきたいと思います。
主人公の負け犬ボーイをはじめ、不幸な予言しかできない不思議チャンも含めて、残された者たちに希望を与える幕引きも見事で、まさに泣ける本格の逸品といえるのではないでしょうか。事件の樣態はごくノーマルでありながら、重なり合った事件の構図を隱蔽する技巧や、大胆なミスディレクションと巧みな見せ方によって二轉三轉する結構へと仕上げてみせた手法など、現代本格としても見るべきところも多い作品だと思います。オススメ、でしょう。