相當にエロいジャケに「ああっ、いたぶられている。こんなに淫らに」という扇情的な惹句が添えられているゆえ、こちらとしては黒い期待に胸を膨らませてしまうのですけど、實をいうとそんなにエロくはないです。エロさよりも寧ろ登場人物たちの悲哀と絶望が極まった風格はまさに大石文学の新境地ともいうべきもので、個人的には堪能しました。
物語は、不妊治療の女醫さんが夜はセリカという名前の、ハードプレイに本番もOKというM孃で、――という話。主人公である女醫さんはその昔、隣家の引きこもりボンボンによって一ヶ月間地下室に監禁されていたという暗い過去があるところがミソで、物語はこの一ヶ月間にわたる過去の監禁の記憶と女醫さんの日常とを平行して描きつつ進んでいきます。
確かにSMプレイもしっかりと添えられていて「うぶぶっ」も「いやーっ!」も「許して……お願い」と大石文学ならではの台詞もテンコモリながら、個人的にそんなにエロく感じられなかったのはやはり主人公である女醫さんがSM孃としての行爲を行う時には「セリカ」という名前を名乗ってい、あくまでそれらを「プレイ」として割り切っているからカモしれません。
やはりSM小説だったら、――って本作はフランス書院でも何でもないので、大石小説にそうしたストレートなSM小説的な風格を期待するのがそもそも間違っているのですけども(爆)、たとえば鬼六師匠の「花と蛇」でもヤクザどもに捕まって落花無殘となってしまう静子夫人はすっ裸にされようが何をされようが、静子「夫人」として扱われ、また「夫人」としての屬性を捨てないままに犯されるからこそ、そこに主從の転倒というSMワールドの基盤が確立される譯で、これが監禁された後、ヤクザの一人が「今日からお前は夫人じゃねえ。ただの奴隸のブタ女だ」なんて台詞を口にしていようものなら、「花と蛇」は「花と蛇」ではなくなってしまう、……って、こんなところで熱っぽくSM文学とは何ぞや、なんてものを語り散らしてもドン引きされるだけなのでこれくらいにして(苦笑)本題に戻りますと、本作ではヒロインの「セリカ」がいたぶられるシーンは、大石文学ならではのサンプリングを效かせたシーンの連なりで、このあたりに正直、新味はありません。
とはいえ、大石小説といえば、今まではどちらかというと「ヤる」方の心理に悲哀を添えた風格だったのが、今回ははっきりと「ヤられる」方の心理に分け入った一編である譯で、このあたりにどのような新しい方向性を打ち出しているのかに注目でしょう。
――と書きながらも、正直、そのあたりの「ヤる」「ヤられる」の方向転換で、作風に大きな違いがあるかというとそれほどでもありません。というのも、確かにヒロインはマゾではあるものの、心の奥にはサド的な氣質も備えていたりするからです。
で、いつもは鞭でシバき倒されているマッチョなオバはんに対してヒロインが鞭をふるうシーンを伏線としながら、過去の回想場面では、監禁されたヒロインがやがて隣家のボンボン野郎の心の変遷につけいるように主從を転倒させていくところをじっくりと描き出していくところは秀逸です。
結局のところ大石文学においては、そうした者たちの悲哀を描き出すのが第一であり、それがSだろうがMだろうが關係ナシ、という事実を発見できたのは収穫で、本作では「プレイ」だと思っていた日常を回想シーンと交錯させることでクライマックスの緊張感へと持って行くという結構も光っています。
また、「パカン、パカン」というオノマトペが印象的なマカオでのカジノ体驗を実作に活かしてみせたように、本作でも大石氏の私的なエピソードが見事に物語へと昇華されているのですけど、このあたりは大石氏の日記を読んでいるファンからすると、虚實を超えたもの悲しさを感じてしまうかもしれません。
過去作からの引用という点では、昔の監禁シーンで、ボンボン野郎と主從が転倒した後の展開は、大石版ロリータともいえる「檻の中の少女」を彷彿とさせるし、ラストの絶望と虚無感は「アンダー・ユア・ベッド」的、といえるかもしれません。
物語の結構のみならず、ヒロインの造詣に目をやると、女醫というエリートであるにもかかわらず、彼女は自分の力が及ばずに患者を悲しませてしまった時には自らを無能と断じるところなどの心の優しさと、母親に対する冷たさと対比して描き出しているところもすばらしい。
前半は何だか期待していたのと違って「全然エロくないじゃん」なんてかんじで不滿ブーブーだったんですけど、過去の逸話の中で主從關係がひっくり返ったあたりから、ヒロインの心の痛みと虚無感がより際だってきて、イッキに引き込まれてしまいました。で、読了してみれば、素直に傑作といえるほどの質感を持った逸品であったことが明らかとなる、――という作品ゆえ、読者のエロい妄想叶えて差し上げます、という読む前の期待感とはややずれた前半の展開を乘りきれば、悲哀極まる大石ワールドにどっぷり浸かれること間違いなし、大石氏の新作を心待ちにしているファンであればこれまた絶対に愉しめるであろう一作だと思います。オススメながら、SM小説を期待する御仁はご注意のほどを。