「浮遊封館」のトラウマテイストにアたってすっかり鬱になってしまったゆえ、もう少し頭を使わずに愉しめる作品、ということで、ホラー文庫の本作をセレクト、なかなか堪能しました。
収録作は、癲狂院を抜け出した語り手が大水害の發生した被災地でボランティア活動に勤しむうち、捻れた世界の摂理を悟るに至る、第13回日本ホラー小説大賞短編賞の受賞作「サンマイ崩れ」、表題作とは一轉して、怨霊と化した鳥の化け物と対決する特殊部隊の活躍をアクションイッパイに活写した「ウスマサ明王」の全二編。
「サンマイ崩れ」はまず語り手となる僕のキャラ設定が秀逸で、心を病んで精神病院に入院中、とあってもそうした自身の病状についても非常に客観的に見ることが出來るというクールな一面を持ち合わせておりまして、時に饒舌にそうした病状についてもシッカリと解説してくれるほどの冷静さを見せつつも、そうした「客観」の視点に讀者を寄り添わせながら、物語が次第に奇妙な捻れを見くという構成が素晴らしい。
しかしこの僕の視線を通して語られる世界の歪みは、しかしそうした「客観」を前に明確なかたちをとって現れず、それが語り手の奇妙な体験に通底する不気味さとなって感じられるところもまた見事。このさりげない不気味さは本作の妙味でもある一方、語り手の饒舌さがそうした技巧を感じさせないところもステキながら、個人的にはもう少し人工的な結構美を感じさせるあせごのまんの方が好みかな、なんて感じた次第です。まあ、このへんは完全に嗜好の問題でしょう。
吃驚したのは、「サンマイ崩れ」のこうした奇妙な雰囲気の物語に對して、長編といってもいい書き込みの「ウスマサ明王」は、完全にモダンホラーとアクションの技法で描かれてい、明治時代のホームレス親子の残酷物語が細切れに語られるものの、物語の殆どは、悪霊というか怪物と特殊部隊との畳みかけるアクション・シーンでありまして、ちょっとおキャンな庵主さまのようなキャラはあるとはいえ、男、男、男の硬質な戦闘場面が最初から最後まで大展開。
さらにこれがまた、ここ最近の小説では珍しいほどにギッシリと書き込まれた文体とも相まって、半分ほどまで讀み進めてすでにこちらはお腹イッパイながら、怪物の姿とその因縁が、時折挿入されるホームレス親子のエピソードとともに次第に明らかにされていくところでほッと一息をついたのもつかの間、またまた場面は現代に戻って特殊部隊の視点から戦闘シーンが活写されていく、――という結構で、ホラーというよりはそのアクションの重厚さを愉しんだ方が吉、でしょう。
闘いが収束して、最後に明治時代の逸話が思いもかけぬかたちで現代の怪物と連關を見せるのですけども、考えるとこの怨念は相当に怖いものながら、最後のシーンが地元のとある場所であったことにニヤニヤしてしまいました。
しかし最近の角川ホラーは、曽根圭介氏といい、あせごのまん氏といい、風格のマッタク異なる物語をさらりと描いてしまう猛者ばかりで、本作の作者である吉岡氏も若いながらも相當な力量の持ち主かと、――なんて書こうとしてプロフィールを見たら、一九四九年生まれ、って自分よりもずっと年上だったところに納得至極。
しかし十代のフレッシュな新人じゃなけりゃア、デビューする資格ナシ、なんてかんじで「殺人ピエロの孤島同窓会」のごとき悪夢のような作品を何の躊躇いもなく世に出してしまうミステリ業界に比較すると、ホラー、怪談の分野にはまだまだシッカリと理性が残されているのカモ、なんて妙なところに納得してしまったのでありました。