創元推理文庫で復刊されている「不思議島」「白楼夢―海峡植民地にて」などの諸作品や「離愁」など、端正な文体によって描かれた燻し銀とでも言うべき物語の魅力に比較すると、本作はいかにも若いという印象でしょうか。しかしトンデモ陰謀論の大盤振る舞いで物語をグルングルンと振り回しながら、最後の最後で思いもよらぬドンデン返しで見せてくれたりと、その仕掛けの技巧は一級品で、個人的には大いに堪能しました。
物語は電通ならぬ「宣通」に持ち込まれてきた大案件、台湾と中国の代表を神戸の「移情閣」で握手させてほしいというソレを実現させるため、企画部長が大奔走、その課程で孫文暗殺の陰謀論が持ち上がり、メーソンやその他大定番のアレとかアレも暗躍も交えての陰謀劇が大展開、――というお話です。
台中融和を日本の大手広告代理店が取り仕切るというところからして、もの凄いトンデモぶりなのですけど、物語の冒頭にメーソンの暗躍を配し、さらにはこの仕掛け人が客家人というところも陰謀マニアとしてはニヤニヤ笑いが止まりません。メーソンが出てくればやっぱりアレでしょ、という例のアレやアレも後半にシッカリ登場させての陰謀陰謀また陰謀の大盤振る舞いには完全にお腹イッパイ。
仕掛け人の怪しげな中華娘が要所要所でイイ味を出しているのですけど、チャイナドレスのスリットからおみ足、みたいな、こちらが期待している中華エロがやや希薄なのは日本が舞台ゆえに仕方がないこととはいえ、本作の見所はやはり中盤、陰謀論に取り憑かれた電波男が登場してから陰謀のフルコースが大開陳されるところでありまして、キャンペーンの仕掛け人の正体の謎も絡めて、難しい選択を迫られる主人公の活躍からは目が離せません。
しかし電通ならぬ宣通が媒体を使いまくっての一大キャンペーンを打って出るところなど、昨今の「未だ衰えを知らない未曾有の韓流ブーム」(爆)と照らしあわせて苦笑してしまうところもかなりアレ。陰謀論のやりすぎぶりに下手をすればかなりチープな風格に堕するところをシッカリと物語をドライブしながら、最後には驚愕のどんでん返しをブツけて讀者をあッと言わせてしまうところは流石です。
さらにこのキャンペーンの眞相が明かされてからもう一つの小技を添えて、陰謀尽くしの物語の幕とするところも、さながらハリウッドの映畫を彷彿とさせる見事さで、本格ファンも満足出來るところがまた秀逸。
ちなみに主人公の会社が電通ならぬ宣通で、そのライバル会社は博報堂ならぬ拡報堂。中盤にはこのライバル会社の男が主人公にネチっこく絡んでくるので、こいつがまたまた一枚噛んでトンデモないことになるのかなア、なんて期待してしまったのですけど、流石に枚数もあってか、このあたりの大風呂敷の広げ方はややアッサリ。
それでも、孫文の倫敦時代に南方熊楠を絡めてみたりというネタの投入には素晴らしいものがあり、あとこれに客家とユダヤを照応させたり、「拳児」に出てきたような秘密結社あたりをブチ込んでくれていれば、……って言うのは欲張り過ぎでしょう(爆)。
本編の面白さは勿論なのですけど、個人的にはこの復刊版に添えられた佳多山氏の解説が一番のツボでした。電波野郎が作中でしでかした「あること」に絡めて、現代本格ミステリ的な顛倒推理を披露してみせるのですけど、このアイディアは素晴らしすぎます。書評と解説に多忙な日々を送られていることは知りつつも、やはり佳多山氏には早く長編の本格ミステリを書いてもらいたいなア、と期待してしまうのでありました。