歌野流惡魔主義がキモチイイ短編集。とにかく本のタイトル通りに容赦のないイヤな幕引きを用意しながらそこにミステリの仕掛けを添えてみせるという風格で、このミステリの仕掛けの目的にかつての歌野ミステリと比較しての大きな變化が感じられたりするのですけど、このあたりについては後述します。
収録作は、今ドキの女子高生の浪速話を聞いてあげる叔母さんが彼女とともに最後には奈落を共有する「おねえちゃん」、 ダメ男と結婚した女の地獄に歌野ミステリの仕掛けを添えて人間の慟哭を描き出す「サクラチル」、才能がありつつも運に見放された野球少年を息子に持った母親の発狂が黒い笑いを誘う「消された15番」。
秘密のデスマスクを使ったイタズラが過去の犯罪を明らかにしつつ、クドいくらいに例の仕掛けをブチ込んだところが作者らしい「死面」、教育ママに変貌したバカ母のイヤ話に動機の顛倒を添えてチープに過ぎるリアルを描き出した「防疫」、バレバレのトリックからイヤ過ぎる事件の真相が明かされるや登場人物の地獄行の始まりを告げる「玉川上水」、ネクラ男のストーカーに仕掛けた奸計をブラックなオチで締めくくる「殺人休暇」、公園に居着いたホームレスが不良にボコられるも最後まで守り抜いた尊厳とは「尊厳、死」ほか全十一編。
歌野ミステリといえばアレ、みたいなかんじでまずファンの殆どは先入観を持って讀み始めてしまうところがまたアレなんですけど、本作でもこの趣向の技巧は随所に見られるものの、その仕掛けの狙いそのものがちょっと變わってきたような氣がします。
例えば、……って例を出してしまうこと自体がネタバレになってしまうところがまたまたアレなんですけど(爆)、ある作品などは、とある殺人事件の後日談を語る第三者の語りから始まり、その後にその事件の中心人物の半生が語られていくという構成です。
で、殺す者、殺される者を最初に明らかにしておく一方で、その殺された人物の半生を語っていくという結構そのものがそもそも騙しになっているというところは歌野ミステリでは定番ながら、この作品の中で注目したいのは、この仕掛けそのものは歌野ミステリのファンの殆どが見抜いてしまうことを意図しつつ、そのあとにもう一つの仕掛けをシッカリと用意してあるところでしょうか。
勿論、アレ系の複合技というのも昨今は全然珍しくないのですけど、この作品ではこの二段構えになっている仕掛けの後半部が犯人の辛過ぎる半生を描き出すこととして機能しているように思われるところが個人的には素晴らしいと感じました。
自分はこの描写からしてこの人物はこれだろう、という感じで讀み進めていった結果、これまたドンピシャでこの仕掛けを見抜くことは出來たのですけど、このあとすぐさま第二の仕掛けが明らかにされて、犯人の苦悩がかくも酷いものであったことにもう唖然としてしまいました。アレ系の仕掛けばかりに目をやっていると、アレ系を大々的に凝らした結構そのものを追いかけていたミステリマニアは登場人物の苦悩と慟哭を最後に突きつけられ言葉を失ってしまうというこの技巧こそは、正に自分が本格ミステリに期待している「仕掛けによって人間を描く」ということでもある譯で、個人的には大満足。
この、あまりにあからさまな仕掛けをレッドヘリングのように活用して、最後には登場人物の慟哭を讀者の前に突きつけるという構成は他の作品でも健在で、例えば「玉川上水」などもその典型といえるでしょう。
死体の真似して誰にも見つからずに泳ぎ切れたらオッケー、なんていうバカな學生どもがハシャいでいた間に仲間が殺されてしまうのだがその犯人は、……という話ながら、この殺人トリックは自分のようなボンクラでもアッサリと見抜けてしまうほどのヌルさ。しかしこのトリックを見抜けて自信満々でいると後半ではこのお遊びの背後に語られることのなかった酷すぎる事實が明らかにされていきます。
事件のトリックなどはフッ飛んでしまうほどの「眞相」が明かされた後は、登場人物たちの奈落が待っているというブラックなオチも素晴らしく、ミステリのビギナーにはそのトリックで驚かせ、単純なトリックを見抜いたことで鼻高々でいる本格マニアには人間の慟哭を突きつけて唖然とさせるという技法がここでも秀逸です。
これが昔であったら、ヌル過ぎるトリックを見抜いてハイオシマイ、なんてかんじでカタルシスも感じることが出來ない作品も散見されたものの、本作では自分の讀み方が變わったのか、或いは「葉桜」以降、アレ系も含めた大技トリックを見抜いただけでその作品に描かれた主題もスッ飛ばして「本格ミステリ的にはトリックもバレバレだしダメミスでしょ、これは」なんていうマニア的評價をしてしたり顔の讀者に對しても惡魔主義的結末を添えた二段構えの構成によって歌野ミステリはまた進化を遂げたのか、――このあたりを確かめるためにも歌野氏の旧作をまたまた讀み返してみる必要がありそうです。
個人的にツボだったのは、黒い笑いが炸裂する「消された15番」で、野球少年である自分の息子が高校へ進み、いよいよ甲子園に出場してテレビに映るというところで、凶悪殺人事件の速報が入り息子の出番は放映されず。この仕打ちにブチ切れたママの発狂ぶりが素晴らしく、突然の臨時ニュースにたいして怒り狂った彼女がテレビに向かって「諒承できない!」と叫び声をあげるシーンでは大笑いしてしまいましたよ。
また「防疫」や「In the lap of the mother」のように現代の世相を描き出した作品もなかなかのもので、特に「防疫」では後半、連城ミステリ的ともいえる顛倒した動機の「殺人」が描かれるものの、この動機があまりにリアルをなぞっているが為に逆にチープに見えてしまうというところが堪りません。
いずれも非常に愉しめる短編ばかりなんですけど、アレ系ばかりを期待するとそのトリックはちょっと、……なんて感じてしまうかもしれません。しかしそのあからさまなトリックが作品の主題を際だたせる為にどのように機能しているのか、或いはその仕掛けをレッドヘリングとして見た場合に「眞相」は主題と絡めてどのように描かれているのか、というあたりに注意しつつ讀んでみると、本作の評價はまったく違ったものになるやもしれません。そういう譯で、個人的には非常に愉しめました。