リアルと虚構の挾間にて。
ミステリーランドでは異例のブ厚さを誇る本作、個人的には評價に困ってしまう一册でありまして、このネタと構成に讀了後、些か戸惑っているんですけど、世間での評判はどうだったんでしょう。
物語は、將來はボク、吸血鬼になりたいです、なんていう小學生の作文から始まるんですけど、普通の男だったら大人になったらパイロットになりたい、とか野球選手になりたい、なんていうのが殆どなのに、何しろ「人の血を吸わなければならない」だの皆が吸血鬼になれば死の恐怖から逃れられて幸せな社會になる、とかトンデモな主張を熱っぽく語っていたから先生方も吃驚仰天、この子は問題アリ、という譯で專門家のカウンセリングを受けることに。
その一方で吸血鬼志願の男の子は改築が決まった東京ステーションをネタに自由研究の課題をデッチあげてやろうと目論んでいる。で、男の子は、デブでネクラでメタル好きな叔父と一緒に東京ステーションに繰り出すことになるんですけど、この東京駅の描寫が些か長く、ページの三分の一を過ぎてもまだ續いて、一体いつになったら物語が展開するのかと苛々していると、新しく驛長になったというおばさんが首を切断、心臟を拔き取られているという猟奇死体となって發見されます。
さらにはこの事件當事、男の子のカウンセラーだった人物が現場をウロウロしていて、こいつは叔父の部屋で死体となって見つかったとあったから尋常じゃない。果たして失踪した叔父が犯人ではないか、なんてことになるのですけど、果たしてこのカウンセラーが見つかった部屋は密室状態だったことから、假に叔父か殺したとしてもまずこの謎が解けないことには始まらない。
ここに男の子の友達の娘っ子も交えて針と糸を使った件のトリックなども開陳されて謎解きが進むのですけど、冒頭、男の子の作文からもクド過ぎるくらいに言及されてきた吸血鬼をモチーフとしたネタが、後半になるに從って謎解きと本作の物語世界へ大きく絡んでくるところが面白い。
本作で語られている世界では北關東大震災があったりと、この現実世界とは異なるパラレルワールドことが仄めかされているとはいえ、この世界の結構とルールについては物語の前半部ではつまびらかにはされていません。
例えば、死体が生き返る世界という具合に、冒頭部で既に物語の世界規則が明かされているのとは異なり、この吸血鬼というものが果たしてミステリ的な世界観を構成するひとつの要素なのか、それともこれはあくまで怪奇趣味を盛り上げる為の道具立てに過ぎないのかは一切明らかにされないまま、物語は中盤まで進みます。
これが第十八章の「フェルディナン・P著『吸血鬼の考察と実態』」を転機に、物語の中での吸血鬼の意味合いが明確にされ、それによって難攻不落に思われた密室のトリックが明らかになる、という趣向はある意味非常に奇天烈。
いかにも普通の小學生たちを主人公にしたリアル世界でのジュブナイル風に進みながら、この第十八章から物語のリアルがひっくり返る結構は大變面白く、その後に主人公のボクが吸血鬼を召喚したりと、現実世界を舞台にしたミステリと思われていた物語が怪奇モノに転じていく展開は、何たが既晴氏の物語を髣髴とさせます。
ミステリーランドでいえば怪異とミステリとの關係が、どことなく「くらのかみ」に近いような氣がするのですけど、謎解きが怪異の眞相を明らかにしていく「くらのかみ」と異なり、こちらは怪異の存在が事實として物語の取り込まれた瞬間に、密室の謎が解けてしまうという結構です。
自分的には密室に現実的な解を求めるような本格理解者ではない故に全然オーケーなんですけど、人によってはこの密室「トリック」にフザケるな、と怒ってしまう人もいるのではないかなア、とちょっと心配してしまうのでありました。
また改めて本作の構成を見ると、上にも述べたように冒頭三分の一を費やして語られる東京ステーションの描寫は些か冗長に過ぎるのではないかな、という氣もします。東京ステーションにゴシック的な雰圍氣を盛り上げる為にはこれだけの枚数を費やす必要があったともいえるんですけど、そうなると子供「にも」讀ませることを目指したミステリーランドの趣旨としては、……なんてかんじで、冒頭部の構成に關しては些か疑問を抱いてしまうのでありました。
それでも前半部で語られた東京ステーションのゴシック的造詣が、後半、物語世界が開陳された刹那に、古城めいた雰圍氣を釀し出してくるという趣向は素晴らしく、叉、デブでネクラでメタル野郎な叔父さんのキャラもキワモノマニアとしてかなりツボ。
またミステリ的なトリックでいえば、二番目の事件である密室トリックよりも、第一の殺人で婆さんは何故首をチョン切られて心臟を抉り取られていたのか、という謎解きが秀逸で、このことをなした目的と実際の状況との矛盾からまた別の事實が導き出されていくという推理の展開も素晴らしい。
この殺人の動機に絡めて少女誘拐吸血事件なども後半に語られたりするのですけど、やや驅け足なところが殘念とはいえ、東京ステーションの隠れ通路の存在も交えて建物のゴシック的結構が明かされるところも面白い。
やや構成の歪さを感じながらも、後半の展開とミステリとしての謎解きなど、個人的にはミステリーランドの中でも滿足度の高い一册といえるんですけど、どうにも煮え切らないような氣分になってしまうのは、やはり物語世界での怪異の扱いについてはキッド・ピストルズと比較してしまい、怪異と仕掛の關係については「くらのかみ」と比べてしまう故かもしれません。
ミステリーランドのシリーズとしてはやや文章に堅さも感じられ、また構成についてもちょっと疑問に思うところはあるとはいえ、ミステリ的な趣向と怪異の扱いの奇天烈さなど、非常に愉しめる仕上がりになっている、といえるでしょう。