ヘタウマ幻想、私まみれ。
實は本作、結構前に讀んでいたんですけど、一讀して何が何だかサッパリ分からなかったので今回は頁を行きつ戻りつして再挑戦してみました。
物語は香港歸りの語り手が、友達から預かっていた部屋の鍵を使って空港近くのアパートの部屋に行くと、件の友人が妙にテンバった樣子でご在宅。どうやら男は醫者からもらった薬をガブ飲みしているようで、そんな友人に語り手は困ったなあ、なんて思いながら眠ろうとすると、どっかから奇妙な歌謠曲が聞こえてくるわ、廊下の向こうでは幽霊が駆けまわったりといった怪奇現象が續發。
で、部屋を飛び出した語り手の前に生首を手に持った女が出現し、そのあと血まみれで廊下に転がっている首なし死体を見つけた私はその場で失神、……とこの生首をブラ下げた女の正体が幽霊なのか、それとも現實のことなのかは明かされないまま、場面は變わって語り手の私がルームメイトと一緒に話をしているシーンへと切り替わります。
ここでも一風呂浴びている間に突然停電になったり、携帯電話から自分の番号で電話がかかってきたりと「着信アリ」的な怪異が續出、最後には語り手の元カレがヌボーッと現れて再び場面は暗転、……という調子でこの二つのシーンで描かれた怪異の正体は果たして何だったのか、というところを探りつつ物語が進、……めばいいのですけどそうはならないところが本作の筋運びをより分かりにくいものにしています。
翌日になると、語り手のルームメイトが失踪していることが判明し、私はひょんなことで知り合った年下ボーイと、携帯電話の謎や失踪した女性の謎を探っていくことになるのだが、……。
語り手と年下君との軽妙な會話に相反して、宿舍には失踪した女性とクリソツの女が出現したりと尋常ではない事態に次々と語り手が見舞われるところから、次第にこの物語のねじれた構図が明らかにされていきます。
どうやら語り手の元カレは精神病院に入院しているらしく、年下君が探偵となってその病院を訪ねていくと、件の元カレが発狂する前に記していたというノートがあって、そこには不可解な情癡殺人事件のことが記されていて、……とここでようやくこの事件や元カレの発狂、さらには語り手の前に現出する怪異の謎がひとつに繋がっていくという趣向は秀逸で、後半、ついに明らかにされる事件の犯人の意外性も素晴らしい。
ただこの意外な犯人の眞相を隠しているのは、この明解ではない語りに大きくよりかかったものののような氣もします。プロローグで描かれる語り手の「私」、そして物語の大半において語り手を受け持つ「私」の人稱の混亂、というか亂用ゆえ、一讀してサッパリ話の筋が追えなかった次第でありまして、最後の最後で語られるおぞましい犯行現場の場面が明らかにされても初讀の時はハテナの嵐だった譯ですけど、語り手が混在していることを見つけてようやく今回はキチンと話の筋を追うことが出來たという次第ですよ。
怪異を交えた謎の眞相が最後に判明するという本格らしい構造ながら、語り手の混在とその怪異の構造に狂氣を交えた趣向から、本作の風格は寧ろ幻想ミステリと呼んだ方がしっくりくるような氣がします。
台湾ミステリの中でも同じ人間の狂氣を扱う哲儀氏の作品と比較すると、哲儀氏の作品では語り手はあくまで事件と狂氣を外側から見るものに据えられているのに對して、本作では視點の混在も交えてその狂氣は語りの中にまで浸透しているところが大きな違いでしょうか。
哲儀氏の作品が人間の心の闇と狂氣を扱いながらも、終盤では明解な結構へと落ち着くのに對して、本作の場合はその狂氣を生むに至った凄慘な事件の眞相が最後に明かされて初めて、プロローグから始まる怪異の謎も解けるという構造は面白いと思います。
また何となくその狂氣の扱い方が綾辻氏や竹本健治氏に近いようにも感じられます。中盤の語り手と年下君との軽妙な會話ややたらに「~」が多用された會話文がちょっとアレなんですけど、怪奇譚へと落ち込むギリギリのところから、人間の狂氣を起點にしてミステリへと大きく旋回してくる作風は非常に個性的。
ところでこの、自分の番號からかかってくる携帯電話の怪異については、台湾の携帯電話の仕組みを利用したトリックゆえ、正直これは日本人がどう頭をこねくりまわしても回答に至ることは出來ないと思いますよ(爆)。勿論自分も分かりませんでした。怪奇趣味を盛り上げる為のただの虚仮威しかと思っていたんですけど、それが探偵の推理によって明らかにされた時には別の意味で吃驚してしまいました。
で、今年まとめて明日便利書からリリースされたこの人狼城推理文學奨の作品集の中でも、この「魅影殺機」は、それぞれ作風の異なる三人作家の作品を纏めているだけあって非常に讀みごたえのある一册に仕上がっています。
個人的な好みでいえばやはり綾辻氏のあの傑作の仕掛けを見事に「本土化」したともいえる寵物先生の「名為殺意的觀察報告」がお氣に入りなんですけど、叙情的な美しい文体とその超絶トリック、さらには作者の素晴らしいイケメンぶりに、紅司も絶對に大喜び間違いなし、という張博鈞氏の「火之闇之謎之闇之火」も捨てがたいし、幻想ミステリとしての風格も濃厚な陳彦霖氏の次作も氣になるところです。