未讀だった本作、「シャドウ」や「骸の爪」といった完成度の高い超弩級の作品に比較すると見劣りするとはいえ、既に完成されている構成美、怪異や狂氣に對する獨特な立ち位置など、「向日葵」や「骸」にも通じるものとともに、本作ならではの獨自性も感じられ、實はかなりのお氣に入り。
あらすじは、作家の道尾が旅先の河原で「レエ、オグロアラダ ロゴ」なんて奇妙な声を聞いたことに吃驚仰天、ビビりまくった彼はそのまま東京へと逃げ歸り、真備の元を訪れる。何でも道尾が訪れたその土地では天狗による神隱し事件が發生していて、何人かの子供が行方不明になっているらしい。さらには首だけの子供の死体がその川で見つかったという事件もあったというから穩やかじゃない。
で、偶然にも真備はその河原で撮影したという心霊寫眞を持っていて、その寫眞に霊體と一緒に寫っていた人間は悉く謎の自殺を遂げているという。果たして真備と道尾、そして真備の助手である靈感娘の三人は件の場所に向かうのだが、……という話。
やたらとハイなキャラなんだけど何だか妙に怪しい宿の主人や、孫を殺された天狗の面職人の老人、更にはやや唐突に挿入されるダメ男の独白とボケ老婆が殘していたという謎の遺書など、物語は天狗による神隱し事件と子供の首殺人事件を軸にして進み、その背後に隱されたある事柄が次第に明らかにされていくという構成には「骸の爪」に共通したものも感じられます。
もっとも最後の謎解きでその裏に隱された人間關係や過去の事件との連關が明らかにされていく「骸」に比較すると、本作の場合は後半に入ったところでその背景がアッサリと明かされてしまいます。しかしここにも一つの仕掛けが隱されているところが秀逸で、事件が集束した後にこの趣向が改めて探偵の推理によって解讀されるところもいい。
神隱し事件と首だけ死体、さらには道尾が見たという白裝束の不氣味女などの謎は最後に現実的な解が讀者の前に提示されるものの、本作が「骸」とやや趣を異にするのは、怪異に對する立ち位置についてでありまして、本作では中盤から物語に絡んでくる子供は靈感を持っているし、さらには真備の助手もどうやらそれらしい力のあることが最初の方で明かされています。
その一方、憑き物に對する作者の考えは真備の口を借りて冒頭で語られてい、これが後半に怒濤の展開を見せる事件の謎解きの伏線になっているところが獨特。一方では怪異をそのまま受け容れつつ、ミステリの枠組みの中で發生した事件については非常に現実的な解明がなされているという對比が面白い。
ただこのあたり、全ての怪異が現実世界に還元されないゆえ、中途半端と感じてしまう人もいるかもしれません。このあたりをネタバレにならない程度に明かしておくと、例えば前半のプロローグでいかにも譯ありな感じで語られる心霊寫眞ですけど、謎の自殺を遂げた人間の背中に寫り込んでいる奇妙な眼について、真備はハッキリとした答えを讀者に告げずに物語は終わります。
何故この心霊写真が現出したのかという謎についての答えは示されるものの、それはあくまで怪異が存在することを肯定も否定もしないというスタンスにおいて明かされるゆえ、作中で殺人事件とそれに伴う靈的現象が最後には探偵の謎解きによって示されるのと同樣、全ての怪異に現実的な解を求めてしまう人はこのあたりに不満を感じてしまうかもしれません。
また靈感少年が真備の後ろに背後霊に見ることや、件の河原で天狗とともに見たという奇妙な霊體についても同樣で、本作では霊の存在については「ある」とも「ない」とも明かさないまま物語が進んでいきます。
しかし考えてみれば、これは真備の靈というものに對する立ち位置そのマンマでもある譯で、殺人事件についてはシッカリと現実的な答えを提示してミステリとしての結構を保ちつつ、敢えていくつかの怪異は怪異のまま物語世界の中に殘しておくことで、ミステリでありながらホラーとしての風格を持たせているところが面白い。
本格ミステリとしての結構が強く押し出されている為、自分がイメージしている幻想ミステリ的な雰圍氣はあまり感じらなかったとはいえ、この怪異に對する獨特な立ち位置はかなり好みで、怪異を物語世界のものでは當たり前のものとしてミステリの仕掛けに奉仕させる譯でもなく、かといって雰圍氣を添える為のものだけで終わっていない。本格ミステリの結構の中にシッカリとおさまっていた「骸」よりも、雰圍氣だけを取り出せば本作の方が個人的にはかなりツボでしたよ。
靈的な存在が物語に異樣な風格を添えているとすれば、一方、靈的なアレを現実世界に還元させたアレが事件の鍵を握っている譯で、謎解きを讀み進めながらこの物語を犯人の視點から描いたら「向日葵」みたいなお話になるんじゃないかなア、なんて考えてしまいました。
謎の強度は「骸」に讓るものの、事件の鍵となるアレのネタなどは「向日葵」や「シャドウ」にも通じるものが感じられたりと、本作の後にリリースされた傑作群の萌芽も感じさせる點で、道尾氏のファンにはやはりマスト。
順番からいけば「骸」の前に讀んでおくべき作品なんでしょうけど、真備の過去や靈感少年が最後に明かす探偵真備のアレが仄めかされたりと、本格ミステリ度が濃厚な「骸」で抱いた本シリーズに對する印象とはまた違った新鮮な驚きもあったりして、自分みたいにこちらを後に讀むのも惡くないかもしれません。本作を未讀の方(いるのか?)は是非、とオススメしておきますよ。