ついにリリースが始まった御大の全集でありますが、「占星術殺人事件」、「斜屋敷の犯罪」、「死者が飲む水」の長編三作を収録した第Ⅰ集はその重量感からして相當なもの。収録作の内容についてはとりあえずおいといて、この全集は果たして買うべきなのか、to buy or not to buyという點についてですが、結論からいえば御大のファンは大いに「買い」でしょう。
戸田ツトム氏の手になる装幀は最新作「UFO大通り」の奇拔さに比較すれば、全集らしく箱入りの非常なオーソドックスなもので、実際の印象は「アトポス」の白版、というかんじでしょうか。「アトポス」にも似た白地のテクスチャが落ち着いた雰圍氣を釀していて好印象。因みに箱から出すと、この寫眞のようなかんじ。
組版については、基本的には二段組であるものの、「占星術殺人事件」の冒頭、例の手記や中盤に登場する文次郎の手記、さらには最後の犯人の告白文などは一段組という構成です。そして二段組みとはいえ、25×21で組まれていて、行間もほどほどに開いている爲、非常に讀みやすいのもいい。自分としては文庫よりも讀みやすい印象を受けましたよ。
作品の内容については、どれほどの改稿がなされているのか比較していないので分からないのですけど、あとがきからの引用によると、「占星術殺人事件」については、「冒頭からの全面的な文章磨き、またこれに導かれた細かな修正を別とすれば、おおよそ四点になる」とあって、發見死体の表をくわえたこと、また「推理から導かれる重要なポイントや史跡が」ある場所(既讀の方は分かりますよね、これ)に「並んでいるという指摘が文中で行われているが」これについて新たな説明が加えられています。ちなみにこれはこの作品を上梓して後に得た知識であるとのこと。
また上梓後に得たもうひとつの知識として「司法問題、冤罪問題に関するもの」を挙げて、この分野についても「披瀝過剰にはならないように気をつけながら、この方面を補強もした」。
もうひとつ、本作の中で行われている一つの殺人(このあとがきにはこの被害者の名前について具体的に触れられていますがここでは伏せます)についても補強を行ったとのことです。
「斜屋敷の犯罪」については最新版をリリースするさいに文章磨きを行っているので、この全集版では大きな修正は行っていないとのこと。屋敷の一部分の圖版が加わっているとのことなんですけど、文庫本が手近にないのでちょっと確認出來ません。また文章についてはゴーレム人形に関する蘊蓄を大フィーチャー。
「死者が飲む水」については「ゲラ全ページが朱に染まって見えるくらいに文章磨きを行った」とのことで、タイトルにもなっている「水」に關する「あること」(これもあとがきではキチンと述べられているのですがここでは伏せます)について徹底的に調べ上げて、その成果を本版に反映させるとともに、あとひとつ、手掛かりともなる一點について、秋好氏からの助言を受けて「現実的な展開」に修正を行ったとのことです。
で、全集でお樂しみの月報でありますが、以前の島田荘司のデジカメ日記に一部その内容の抜粋が公開されていた通り、宇山氏との對談となっています。デジカメ日記にも言及されている「綾辻氏の「十角館の殺人」を読んだ京都の喫茶店の推測」の部分が個人的には滅法面白く、當事綾辻氏が小野氏と「いいカンジ」になっていたのかというところも含めて推理を展開させていくところは非常に愉しめましたよ。という譯で、綾辻ファンもこの月報に目を通されることを強くオススメいたします。
月報のジャケはこの通り、石塚桜子の作品をフィーチャーしており、その横に恐らくは女史のものと思われる「『自己飽和』は、あふれ出る自意識、エゴと対峙し、内なる宇宙を描いた」という文章が添えられています。
という譯で、次なる全集Ⅱのリリースが愉しみなんですけど、デジカメ日記によれば、今回のⅠは「4月までには刊行の目処が立った」もののこれが九月ですから、果たして次は、……なんて不安になってしまうものの、まあ、こうしてデザインも仕上がっている譯ですしもう大丈夫でしょう。いうなれば今回の全集は、御大の作品の決定版ともいえる譯で、ファンにはやはりマストではないかと。
本棚のどこかにしまってある單行本、ノベルズ、文庫版は處分してもいいのかなア、なんて考えてしまうものの、結局今回の全書はかなりの重量でもありますし、結局再讀する時には文庫版になってしまうんだろうなア、なんて考えてしまうのでありました。
あと餘談なんですけど、開いた頁に顔を近づけると仄かにインクの甘い香りがします。こういう本は久しぶりだったので、ちょっと嬉しくなってしまいましたよ。購入された方は是非、この香りを堪能していただきたく思います。でもこの香り、何となく一昔前のコピー機の香りのようでもありますねえ。