不氣味ちゃん大集合。
暫くミステリが續いたことだし、連日の蒸し暑さもあって怪談風味の本作を文庫版で再讀してみましたよ。文庫版は新たに松浦寿輝や岡本綺堂、山尾悠子、小池真理子を加えて更にボリュームアップ、松浦山尾の珠玉の短篇によって幻想小説アンソロジーとしての風格をも添える一方、ここへ岡本綺堂の実話風怪奇譚を加えたことでタイトル通りの「怪談」に相應しい雰圍氣を更に高めた本作、今買うのだったら迷うことなくこの文庫版ですかねえ。
やはりこの中でも強力にリコメンドしたいのは、筒井康隆の超絶アンソロジー「異形の白昼」にも収録された生島治郎の「 頭の中の昏い唄」でありまして、物語は「馬もォ人もォ汗みずくゥだったァ――マル」なんて珍妙な節回しで校正の文章を朗読する老人の歌聲に發狂してしまった校正屋の男が、マンションの團地の屋上で歌を歌っていた少女を殺害、その死体を自室に持ち歸って押し入れに保存することになるのだが果たして……という話。
中盤に展開されるペド描寫がエロっぽくも美しく、少女の死体という大切な神樣からの贈り物を手に入れて校正の仕事も大順調、しかし日ごとに少女の死体は變容を遂げていき、……というところでグロい展開が待っているかと思いきや、いかにも幻想的な結末に落とし込むところがいい。何処となく結末に、諸星大二郎の「袋の中」を連想してしまうのは自分だけでしょうか。
狂氣という点では、夢野久作的なマッドさで読者を奈落の底に突き落とす怪作が高橋克彦の「 眠らない少女」で、あまのじゃくの話をしている妻と娘に譯もなくブチ切れてしまった主人公は、子供の頃に聞かされたあまのじゃくの逸話を思い出す。果たしてその昔話の中に込められていた本當の物語とは、……という話。
あまのじゃくの昔話が、主人公の回想によって次々と書き換えられていくとともに、次第に狂氣へと蝕まれていくという構成が見事で、普通に始まった日常の光景が歪みまくった最後に恐ろしい結末を迎えるという幕引きも含めて個人的には最強。
捻れた狂氣とあまのじゃくの昔話が縺れ合いながら釀し出す土俗的な情景も含めて、錯綜した主人公の縺れた思考が「なあんだ」の一言で一氣に狂氣へと裏返る後半の展開のスバラシサ、……なんて、エベエベこそないものの、思わず夢野久作っぽくカタカナでこの魅力で語ってしまいたくなる怪作でしょう。
「 青の魔性」は、まったくのノーマークだった森村誠一の作品で、角川ホラー文庫から短編集がリリースされているのは知っていたものの、恐怖小説系の作品として讀んだのはもしかしたらこの作品が初めてかもしれません。
内容の方はというと、小學生の教師が、自分の教え子である不氣味ちゃんの怪しい魅力の虜になってしまうというもの。ここに彼女の母親との不倫も添えて、不氣味ちゃんがクラスの中でいじめの標的となってしまったのをきっかけに女版魔太郎へ華麗なる變身を遂げ、恐怖のうらみ念法「車落とし」でクラスメートに對する恨みを晴らすまでの過程がじっくりと描かれます。
この教師の、いかにも理性的な語り手を裝いつつも、やはり何処かネジが外れているような話しぶりが何ともいえないモヤモヤを釀し出しておりまして、その所以が最後に明かされるところが素晴らしい。ここに不氣味ちゃんが命を賭して仕掛けた呪いも交えて恐ろしい結末を迎えるところなど、當にタイトル通りの魔性が炸裂するところが見事。
作者の森村氏に半村良、それに西村寿行センセを合わせて三村なんていわれた時代があったんですけど、旦那が単身赴任の人妻だったりと時代の風俗をシッカリと意識しつつ、そこに何ともいえない男節のエロを描いているところが見所で、教え子に對する隱微な少女愛を心の暗黒に溜めながらも、人妻の大人エロに流れてしまった主人公の語り手がアンマリな結末を迎えてしまうのはある意味必定、呪いの凄まじさに大人の男だったら戦慄せずにはをえない恐怖の一編でありましょう。
例の「まんじゅう」でホラーマニアを恐怖のドン底にたたき落としてくれた小池真理子氏でありますが、収録作「ミミ」では恐ろしくも何処か切ない物語を披露。家族を亡くした女性が、老婆に連れられてやってきた孫娘にピアノを教えることになるのだが、実はその娘が、……という話。
主人公と境遇を同じくする老婆と孫娘に絡めて最近大流行の切ない系の話でしっとりと纏めるかと思いきや、そこは「まんじゅう、くれえ!」の作者でありますから、ありきたりの幕引きを迎える筈がありません。
この娘の正体が語り手の口から淡々と明かされたあとからの展開が本番で、讀者の心にじわじわと忍び寄る恐怖を巧みに描きつつ、切ない系ともアンハッピーエンドとも微妙に異なる、割り切れない恐怖の餘韻を殘して締めくくる手法の見事さ。これまた大きな驚きこそないものの、この不氣味さを湛えた末尾が後から効いてくるところが堪りません。
眞っ當に恐い作品といえば、岡本綺堂の「 停車場の少女」で、実話怪談フウの構成と技を生かし切ったところがいい。知り合いの家を辭したあと、停車場で見かけた少女がふと口にした言葉が恐ろしく、またこの少女の正体がいっさい明かされないというあたりは當に実話怪談でも定番の構成。謎解きもなされぬままに終わってしまう物語はあとからじっくりと効いてくる怖さを堪能出來る逸品でしょう。
恐怖と笑いは紙一重という定石を味わえるのが大原まり子の「 憑依教室」と大槻ケンヂの「なつみさん」で、死んでしまっている筈のなつみさんの不条理話が恐怖というよりは混乱を引き起こすテイストが素晴らしい「なつみさん」も読み逃せない乍ら、笑いと仕掛けという点では「憑依教室」を推したいところですかねえ。
語り手が思い出の教室にやってきたことを語り出す冒頭の一文からしてしっかりと仕掛けが凝らされてい、かつてクラスで流行ったこっくりさんを交えて、美人教師にまとわりつくDV男にこっくりさんで制裁を加えるまでが描かれる中盤から物語は一變、ミステリ的ともいえる見事などんでん返しを見せて物語は終わります。
個人的にはいかにも女子校生らしい、男を小バカにしたような語りが好みで、この饒舌さはやはり女でないと無理だよなあ、と感じ入った次第ですよ。
その他、女性のアソコが宝石という下手をすれば脱力寸前のネタを見事な幻想譚へと昇華させた松浦寿輝の「 宝篋」など全十一篇を収録。あとがきで東氏曰く、「本書は、これまで私が手がけたアンソロジーの中で、最も恐ろしい一册かもしれない」なんていってますけど、まあこれはあくまで本作がリリースされた2000年時點での話でありまして、怪談恐怖小説が書き繼がれていく限り、氏の手によってマニアを恐怖のドン底に突き落とす超絶アンソロジーがこれからも次々と生み出されていくのは間違いありません。
とりあえず近々リリースの角川ホラー文庫「黒髪に恨みは深く」に期待しつつ、六年前の恐ろし「かった」本書を手にしてみるのも一興では。