ダイイング・メッセージの祭典。
前回讀んだ「名探偵はもういない」がなかなかの仕上がりだったので、棒日記のarchitectさんからお薦めいただいた本作も手に取ってみました。本當はベタベタのメロドラマテイストがもっとも稀薄といわれてた短編集を先にしたかったんですけど、どうにも本屋で見つからなかったので、まずはこちらから、ということで。
物語は本作で探偵をつとめるお洒落な先輩に誘われて、ワトソン役の語り手と曰くありげな影郎村なる場所へ赴くところから始まります。天気予報によれば當日は嵐、さらに名探偵の先輩が現場に行くとあってはこれはもう、殺人事件、それもとびっきりド派手なやつが起こらない筈がないとワトソンの語り手は大期待、実際、件の村に到着早々、合掌造りの建物から十字架が落ちてきたりと殺人事件の豫兆を思わせる出来事が目の前で發生します。
そしてとある事件をきっかけににして洞窟ホテルに閉じこめられてしまった語り手たちは、以後ワトソン君の期待通りにトンデモない殺人事件に巻きこまれるという趣向です。
まずは地下から地上へと通じるエレベーターの中で血を流した女が見つかるんですけど、その女は死ぬ間際にワトソン君を指さして御臨終、これをきっかけに閉じこめられた連中は語り手が彼女を殺したに違いないと即認定。周囲に流れる不穏な空気を打破しようと、探偵はその場で洞窟に閉じこめられたド素人相手に、難解なダイイング・メッセージの講義をブチあげます。
しかしこれがアダとなって、以後の殺人事件では被害者が盡くダイイング・メッセージを残して死んでしまうという異常事態が發生、探偵たちはまずそのダイイング・メッセージが犯人の意図による偽の手掛かりなのか、それとも本當に被害者が残したものなのか、もしそうだとすれば、その意味は、……というところを死体が見つかるたびにネチネチと檢証していくのだが……。
作者曰く、嵐の山荘とミッシング・リンク、そしてダイイング・メッセージが本作の見所だと述べているのですけど、この中でも一番濃厚なテイストを釀しているのはやはりダイイング・メッセージでありまして、上にも書いたように冒頭から探偵が周囲の空気も無視して素人相手にマニアックな講義をブチ挙げたりしたものですからもう大變。
しかしここから展開される縺れっぷりと、死体が見つかるたびに探偵とワトソン君が犯人の意図を探りつつ打々發止の勝負を見せるところが素晴らしい。確かにバカバカしいといえばその通りなんですけど、この展開にリアリティとか大眞面目な批判を向けるのはまったくの野暮というもので、そもそもこのワトソン君からして、事件の起こる前から嵐の山荘フウの殺人事件が發生するなんて大いに期待しているような不屆き者でありますから、このあたりは作者の稚気に溢れた心意気だとバッサリ割り切って、この縺れまくった物語世界にドップリと浸ってしまうのが吉でしょう。
小説の構成としては、正直、冒頭から素人相手に探偵がダイイング・メッセージ講義をブチあげるわ、中盤には研究会のメンバーが續々と參集して謎解きを始めるという展開といい、オーソドックスなミステリの基準からすれば完全に破格。
昨日鮎川御大の短編集を讀んだ印象を引きずっていることもあるんですけど、問題編と解答編に分かれているような素直な構成ではないところがしかしこの物語の魅力でもありまして、事件が起こるたびにまた別の事實が少しづつ明らかにされ、探偵の推理が補完、あるいは逆転していくという展開がいい。
數々の手掛かりにネチネチとネチっこく推理を開陳していく場面は自分の好みで、ダイイング・メッセージの講義が終わってから中盤まで、疊み掛けるように人が死んでいくものの、嵐の山荘につきもののサスペンスは稀薄ながら、このネチっこい推理シーンが要所要所で披露されるところには完全にノックアウト。
ダイイング・メッセージの講義をブチあげたばかりに、被害者が盡く死に際の伝言を残して死んでしまうという異常事態を喚起させてしまった探偵が、そのすべての責任を全うすべく最後にはこの事件の真相を解き明かすのかと思いきや、中盤に至ると、ワトソン君がホの字の女の子が突然亂入、物語は妙な方向へと流れていきます。
ワトソン君が風呂に入って、ホの字の彼女のことを思い出してメソメソしていると、何と件の女の子が天井を突き破って登場、……ってあまりにベタな展開に呆れていると、助けにきたよ、なんて声をかけられたワトソン君はすっかりデレデレになってしまうし、眞打ちの探偵が登場するやこの女の子はこの探偵氏に肩を抱かれ、ワトソン君にアカンベーをしてみせるわ、モジモジ君を傍らに胸元のネックレスに仕込んでおいた中性洗剤でシャボン玉をつくって飛ばしてみせるわともう、漫畫チックというよりは漫畫マンマのシーンが、硬派な推理場面と見事過ぎる対照をなしているところは悶絶寸前。
このまま物語はこのヒロイン(?)の登場によって異形クイーンのミステリからデレデレモジモジのラブコメテイストへと堕ちていくのかと心配したものの、その後は探偵たちがミッシング・リンクに對して樣々な論理を繰り出してみせる展開が續いたので一安心ですよ。
島田御大フウのド派手なトリックが建物に仕掛けられているものの、本作の見所はやはり探偵君がブチ挙げたダイイング・メッセージ講義によって、トンデモないことになってしまう推理シーンにありまして、最後に明かされる眞相も何というか、この全編を通して展開されるネチっこい推理が醸し出す恍惚に比較すれば、それほどの驚きはありません。
何しろ村人も含めた登場人物が妙な具合に錯綜している一方、探偵志願の研究会メンバーが後半には入り乱れて現場をかき回す故、事件の真相云々よりは、この殆どドタバタにも近いやりすぎ感によって、嵐の山荘ものという定番アナクロな事件の舞台がトンデモないことになってしまうというあたりが作者の持ち味、ですかねえ。
謎や物語の見せ方はぎこちないものの、自分としては探偵がド素人相手に難解なミステリの講義をしたばかりに被害者が盡く死に際の伝言を残して殺されるという、中町センセも眞っ青の恐怖の展開と、全編に渡って繰り出される探偵たちの精緻にしてネチっこい推理シーンだけでもう大滿足。
中盤、くだんの少女が登場してから若干ラブコメに轉びそうなヤバげな雰圍氣に流れたものの、研究会のメンバーが續々と參集してからはその不穏な空気も一掃され、推理シーンだけでゴリ圧しされる展開へと戻されたので、結局自分は最後まで付き合うことが出來ましたよ。
アナクロな作風とぎこちない物語の結構故、非常に好き嫌いが分かれるかと思うのですけど、ここは大眞面目に付き合わず、自分のように少しばかりに斜めに構えてみた方がこの物語の破格の構成を愉しめるのではないかなア、なんて思ったんですけど、こういう讀み方はダメですかねえ。
何か作者のあとがきによれば、前作(カレイドスコープ島)は「キャラクターに重きに置いて書いた」そうなんですけど、これって要するに、件の少女がシャボン玉を吹き散らしながら推理を開陳し、その傍らではワトソン君がモジモジしまくったりする物語っていうことでしょうか。これは自分的にはちょっと危険、かもしれません。
満足して頂き嬉しいです。
霧舎巧の作品は小説としてみて破綻してるものが多いのですが、ラグナロク洞はその中でも一級品の破綻振りなんですよね。クローズドサークルなのにまるで恐怖感無い辺り、むしろtaipeiさんのように斜めに構えないと壁に投げてしまいかねない気がします。なので正しい読み方(?)だったんだと思いますよ。
「開かずの扉研究会」シリーズの前二作は、どちらもラグナロク~よりはラブコメ含有量が多めとなっておりますのでご注意下さい。ただ、ラブコメ部分は必ず話の軸から乖離していますので、読めないことはない・・・かもしれません。あくまでも「かも」です。大体結末辺りだと色んなものを無視して推理合戦と相成りますからね。次作のマリオネット園はこれと同じぐらいだと思います。
architectさん、こんにちは。
もう、小説としての結構も無視して推理しまくる展開が完全に自分好みで、この作品は大變愉しめました。ただ「普通の小説」の結構を期待している「普通の本讀み」の人にこれは結構辛いかもしれませんねえ。
何か例の少女がシャボン玉を吹くシーンでは、語り手のワトソン君が「あの時も……同じことをした」なんて言っているんで、前作ではシャボン玉吹きまくっているのかア、なんて想像してしまったんですけど、結構作者のクセに慣れてきたので、今だったら前二作もいけるかもしれません。また機会があったら手にとってみたいと思います。