最近取り上げた「 都市の迷宮 ミステリーの愉しみ<4>」に掲載されていた一編、「壜づめの密室」を讀みかえしたのをきっかけに、退職刑事シリーズを再讀してみましたよ。
ただ何でしょう、以前讀んだ時のような新鮮な驚きが薄れてしまっているのは。やはり氷川センセの偏執狂的なロジックの迷宮とか、冷言氏の逆説論理炸裂の短篇などを經驗してしまった故でしょうかねえ。安楽椅子ものとなれば、プロットに到るぎりぎりのところまで贅肉を落とした構成が光る一方、再讀時にはその物語性の希薄さが氣になってしまうというのは困ったものです。
とはいいつつ、やはり時には強引に思える退職刑事の思いつきが假説を経て事件の実相を照らし出していくという展開はやはり巧みで、収録作の中では、何故女の死体は男もののパンティをはいていたのか、というその一點から事件の真相を解き明かしていく「写真うつりのよい女」や、キ印の女が他人の家で殺されていたところからその理由をロジックで突き詰めていく「狂い小町」、破り取られていた日記のページから事件の関係者の意外な關係が明らかにされる「妻妾同居」などはやはり見事。
「写真うつりのよい女」は、クラブで働いていた女が男もののブリーフをはいて殺されていた、というところから、「何故男ものの下着を」というその謎に執拗な假説を組み立てていく過程が面白い。後半、ドアのノブやアルバムといった小道具も登場させて犯人像を絞り込んでいくのですが、個人的には下着にこだまりまくる前半の展開がツボでしたよ。
ただいかんせん安楽椅子探偵ものなので、物語性は皆無、淡々と事件の関係者の説明がなされていく中盤にちょっとダレてしまうのはいかんともしがたく、最近の物語性を全面に出したミステリに馴れている自分には些か辛いところもありました。困ったものですねえ。
「妻妾同居」は絶倫で知られる金持ち男が殺され、凶器を持って突っ立っていた女が犯人だということになるのだが、……という話。ここではページを破り取られていた日記から、被害者である絶倫男の意外な眞相が暴かれていくという趣向が面白く、被害者と妻、そして妾の三人の何ともな關係が明かされます。犯人が最後に捕まる譯でもなく、息子は父親の推理にウンウンと納得して終わり、ですから正直微妙なんですけど、寧ろここでは退職刑事の思いつきが假説を交えて証明されていく過程を愉しむべきでしょう。
「狂い小町」は収録作の中では一番お氣に入りの一編で、町内でもキ印として知られる女が他人の家で殺されるというもの。父親は会社の社長、いい學校を出ているというのに、被害者の女はドレスを着た珍妙な恰好でうろつきまわり、バスの中でジロジロ見ていると自分はハリウッドへいって俳優と共演する予定だったとか強烈な電波を垂れ流す奇天烈ぶり。
で、そんな彼女が白粉を落とした姿で殺されていたのだが、果たして犯人は、という話なんですけど、これは結構容易に眞相に辿り着くことが出來るのではないでしょうか。作者の癖を知らずとも、現場のおかしい部分に着目して推理していけばいいわけで。
「ジャケット背広スーツ」は上着を二着腕にかけて、殘りの一着を着込んでいたという男が殺されるのですが、男が残した言葉とこのスーツから男の行動を推理していくところは非常に面白い。しかし後半、被害者が熊手を握って殺されていたというところからその意味するところは、というかんじでダイイングメッセージものへと転んでいく後半はちょっと苦しいですかねえ。こうなると退職刑事の假説も微妙なテイストを交えた思いつきの雰圍氣が漂ってきて興醒めです。
そのほか、呪いの人形で殺人の予告をしてきて、そのあと本当に殺人が發生、果たして犯人は、という「昨日の敵」と、殺された女が暫くして公園から死体で見つかるという怪異を解き明かす「理想的犯人像」、そして「壜づめの密室」が収録されています。
ここ最近物語性の強いミステリばかりを讀んでいるため、安楽椅子ものの短篇を讀み返すにはちょっと時期がマズかったようです。創元推理から復刊となった續きはまだ手に入れていないんですけど、これに取りかかる時にはタイミングをシッカリと選んで取りかかろうと思いますよ。