本格のスタンダードで遊びまくる。
「春期限定いちごタルト事件」に續く、小市民探偵シリーズ第二彈。連作短編に凝らした仕掛けは前作以上に凝っているあたり、これはかなり好みですねえ。
さらに、第一章「シャルロットだけはぼくのもの」で見せる倒叙ミステリとしての冴えや、第二章の「シェイク・ハーフ」での暗号ものを下敷きにしたお遊びなど、本格の定番アイテムを使った遊びが光る作品集。
序章「まるで綿菓子のよう」は夜祭りに繰り出した小市民探偵小鳩君が小佐内さんと出會うだけのお話なんですけど、いうなればこの序章は主要登場人物の御披露目といったところで、物語はすぐに第一章「シャルロットだけはぼくのもの」へと進みます。
小佐内さんから「< 小佐内スイーツセレクション・夏>」と題した甘いもの食べまくりツアーに強制参加させられた小鳩君は、ケーキ屋でシャルロットのグレープフルーツのせを買いに行かされます。で、ケーキを片手に小佐内さんの家を訪ねたものの、彼女は電話がかかってきたということで席を外してしまう。一人シャルロットを頬張る小鳩君はそのあまりの美味しさにもう一つ食べてしまおうとするのだが、どうやってそれを小佐内さんにバレないようにするかと思案した挙げ句、……という話。
ケーキをもうひとつ食べたことがバレないように樣々な仕掛けを凝らす小鳩君が妙におかしい。そしてこのあたりは完全に倒叙ものの形式で話が進み、最後に「犯人」のちょっとした手落ちがその「犯罪」を暴いてしまうという趣向も完全に倒叙もの。本格ミステリの定番ネタをこんなかたちでさらりと素敵な短編に仕上げてしまう作者の技はやはりただ者ではありません。
で、「シャルロットだけはぼくのもの」が倒叙ものだったら、續く第二章の「シェイク路ハーフ」は暗号もので、違うクラスの健吾と街で知り合った小鳩君は、彼から妙なメモ書きを渡される。彼はここに連絡してくれ、と言い残してその場を立ち去ってしまうのだけども、果たしてメモに書かれた奇妙な文字の意味するところは、……という話。
この第二章で健吾が登場し、この連作短編全体の仕掛けに對してさりげなく伏線が凝らされているところも素晴らしく、ダイイングメッセージと違って、健吾が残したメモ書きがこんな奇妙なかたちになってしまった理由がしっかりと提示されるところもいい。
續く「激辛大盛」は小鳩が健吾と激辛のタンメンを食べにいく、というだけの話なのですが、この小休止めいた物語の中にこれまた伏線が張られています。
で、第四章の「おいで、キャンディーをあげる」は、小佐内さんがワルたちに誘拐されてしまう話で、彼女が犯人の目を盗んで送ってきたと思われる携帯メールの内容をもとに、彼女がどこに監禁されているのかを小鳩君が健吾と一緒に探っていく、……という話。
二人の活躍によって誘拐事件は無事解決を見るのですが、実はこの事件には裏があって、……という謎解きをするのが終章「スイート・メモリー」で、ここでは冒頭から提示されていた樣々な伏線から小鳩君が事件の眞相を明らかにしていくのですが、誘拐事件の「真犯人」にはちょっと吃驚ですよ。
「犬はどこだ」以上に連作短編(といっても第一章、第二章となっているので、長編とみなすべきなんでしょうかねえ)の仕掛けが炸裂した作品で、「春期限定」よりもその懲りよう、そして本格ミステリへのリスペクトは非常に明解。「おいしいココアの作り方」で本格ミステリの愉しみどころであるロジックの妙を見せてくれた作者はここでも倒叙ネタ、暗号ネタでさらりと物語を仕上げてしまう。
何も人がジャカスカ死ななくても、また嵐の山荘だの孤島だの首なし死体だのを登場させなくとも素晴らしい本格ミステリを仕上げることが出來るということを示す本作、ガジェット博覽会をブチあげて「私の書いたものだけが本格推理である」なんていっている本格推理原理主義者にこそ讀んでもらいたい、なんて考えてしまうのは自分だけではないでしょう。
しかしちょっと心配なのはこの幕引きで、この後、小佐内さんと小鳩君の二人はどうなってしまうのは、次の展開はあるのか、はたまた「秋期限定」の物語は果たして書かれるのか、というところが俄然氣になる譯で。もっとも仕掛けまくりの作者のこと、この続編は更に懲りまくった作品で驚かせてくれるに違いありません、とまあ、このあたりは楽観的に構えておくことにしましょうかねえ。これで終わりだったらアンマリですよ。という譯で、続編を大いに期待したいと思います。
「夏期限定トロピカルパフェ事件」米澤穂信
皆さん、こんにちは!パトカーとすれ違うたび、お巡りさんとすれ違うたびに、悪いこともしてない(はずな)のに無性にビクビクドキドキしてしまう、小市民レベルがかなり高い自信の…
こんにちは♪
感想楽しく読ませていただきました\(o⌒∇⌒o)/
ホント、前作以上に楽しめました。これで秋期限定と冬季限定が書かれなかったら暴れだしそうです(笑)
かずはさん、こんにちは。
まずは秋期からどういうふうに始まるのかが氣になるところですよ。ミステリとしては前作よりも完成度が高いので、このままいけば秋期はもっと期待出來ることは間違いないんですけど、……それよりも小鳩君と小佐内さんの關係の方が俄然氣になってしまうのでありました。
● 夏期限定トロピカルパフェ事件 米澤穂信
夏期限定トロピカルパフェ事件米澤 穂信 東京創元社 2006-04-11by G-Tools , 2006/04/18
小市民たるもの、日々を平穏に過ごす生活態度を獲得せんと希求し、それを妨げる事々に対しては断固…
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おやすみ、こわい夢を見ないように角田 光代 新潮社 2006-01-20by G-Tools , 2006/04/19
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