本格である前にまず極上の物語であれ。
副題にもあるとおり、當に森江春策クロニクル。長編では樣々な仕掛けを詰め込んで本格風味と娯樂性を巧みに合わせた作風がイチオシの芦辺センセですけど、短篇集ともなれば、連作に凝らした楽しい仕掛けで二倍も三倍も愉しめるところがお買い得。前作「三百年の謎匣」も物語性を全面に押し出した作風が光る佳作でありましたが、本作はまさに芦辺センセのハジケっぷりが堪能出来る傑作選。個人的にはこういう稚気たっぷりの作風の方が好みですねえ。
全作品で活躍するは超地味探偵森江春策、といいつつ冒頭の「少年探偵はキネオラマの夢を見る」では、少年時代の森江がキネラマに誘いこまれ、怪しいオジサンもしっかり登場、さながら乱歩の少年もののようなノスタルジアの風格が素晴らしい作品です。
夜明け前の横町を一人の美少女が駆け拔けていくのを見たのです、……という冒頭の語りからして雰囲気満点、電車の中で名探偵が活躍する少年探偵小説「キネオラマの怪人」を讀んでいた森江春策が初めて降りた駅で「電氣世界館」というレトロな建物に迷い込み、そこで不思議な体験をして、……という話。
彼が讀んでいる小説の内容と現実が交錯するという構成は「怪人対名探偵」を髣髴とさせる譯ですが、怪人だの壁にへばりついた蜘蛛人間だのと怪しげな輩も登場して、當にあの時代を髣髴とさせる物語に仕上がっています。蜘蛛人間の正体や森江が体験した不可思議な出来事の謎は後半に解き明かされるのですが、最後の最後に彼が讀んでいた少年探偵小説の登場人物である探偵が目の前に登場、これがまた本作の最後に収録された「時空を征服した男」に繋がっていくという構成がいい。
「幽鬼魔荘殺人事件と13号室の謎」は黒死館リスペクトの短篇で、もう芦辺センセやりすぎですよ、と思わず苦笑してしまうほどのオフザケが素敵な一品。「序篇 幽鬼魔釈義」から「莫迦!輪堂寺幻一郎」まで節題からしてふるっていて、冒頭の一節も「聖アレルギイ療院の怪死事件に……」ですから徹底しています。
物語の語り手は輪堂寺幻一郎を探偵とする小説を書こうとしている「筆者(私)」で、この男の力みまくった語りが空回りするばかりの展開が微笑ましい。自分が住んでいるアパートの住人が殺されてしまうのですが、住人が總じて一癖有りそうなのは勿論のこと、部屋の間取りがどうにもおかしい。果たして事件の真相は、……というところで、同アパートの住人の一人である森江が推理をする、という話。
住人たちへの聞き込みを行っていくうちにこの仕掛けは分かってしまうのですけど、まさかここまで妙チキリンなことになっているとは思いもしませんでしたよ。黒死館リスペクトの「筆者」が力みまくった調子で事件を記述するのに相反して、トリックは單純です。しかしこの單純な仕掛けをハチャメチャにしているあたりに、芦辺センセが後書きで述べていた「七転八倒の末、滑り込み入稿を繰り返して」生み出された痕跡をヒシヒシと感じさせてくれるのでありました。それでもこういう苦しみながら考えましたッというかんじの仕掛けは作者の惡あがき振りをニヤニヤしながら堪能するのが吉、でしょう。
「滝警部補自身の事件」はタイトルにもなっている滝警部補がとある女性の変死事件を森江に語り、その謎を解いてもらおうとするのだが、……という話。自殺とみなされたということで、この作品も密室なんですけど、まあ、何ともな仕掛けですよ。非常に古典的な、密室ではもう使い古されたともいえるアレをこんなかたちで使ってしまうところが何というか。謎が解かれ、物語は登場人物のひとりを介して「殺人喜劇の13人」へと繋がっていくという餘韻を持たせた幕引きもいい。しかしそこは芦辺センセの連作短編集ですから、これまた最後の最後でこの伏線を見事にひっくり返してくれる譯です。
「街角の断頭台」は當に正史趣味が横溢した好編で、廃虚ホテルで見つかった生首と、首のない死体を巡る物語。それを新聞記者の森江が推理するという趣向で、アリバイものの醍醐味を際だたせた作品ながら、最後にキワモノ好きな芦部センセらしい何ともな真相が明かされるところが素晴らしい。こんなことを飄々とやってのける犯人は完全にキ印なんですけど、このあたりにかつての探偵小説らしいグロテイストを織り交ぜつつ、それでいて謎解きの展開にはしっかりと現代の風格をもたせているというあたりがいいですねえ。
で、ラストの「時空を征服した男」は収録作品の中では一番長い作品ながら、トンデモのテイストは完全にレブリミット。何しろタイムマシンを発明したっていうキ印男が、自分をちっとも評価してくれない恩師を逆恨み、自らが発明した装置を使い、時空を飛び越えて犯罪を爲し遂げた、とブチあげているんですから。
探偵森江はタイムマシンを使わなくてもこの犯罪は実行可能、とキ印男の前でその方法を解き明かしていくのですが、「グラン・ギニョール城」でも見事なツッコミをいれていた探偵森江の藝風はここでも健在で、キ印科學者がトンネル効果だの何だのとトンデモ知識を得意氣に語っているところへさりげなくツッコミを入れていくところがナイス。
全ての謎解きを終えたあとに、森江はキ印男が発明したというインチキマシンに乗りこんでみるのですが、この最後のシーンを讀者がどういうふうに受け止めるかですねえ。勿論自分は樂しめました。こういうのは大好きですよ。ここで冒頭の「少年探偵はキネオラマの夢を見る」に繋がるという趣向が、連作短篇には何かしらの大掛かりな仕掛けを施さずにはいられない芦辺センセの稚気を感じてまたまたニヤニヤしてしまうのでありました。
ミステリとしてはやりすぎ感が極まった作品が多く、トリック自体は單純なもののそれをこねくりまわしてトンデモないことになっている、というかんじのものが多いですねえ。個人的な好みはノスタルジアな雰囲気が光る冒頭の「少年探偵はキネオラマの夢を見る」、黒死館マニアの語り手が滑りまくる「幽鬼魔荘殺人事件と13号室の謎」、ラストのグロというかトンデモというか、あの時代の探偵小説的ビックリネタに脱力確実の「街角の断頭台」、得意氣にトンデモを滔々と語っていたかと思えば、ネタバレされるや信者から指弾されまくってオロオロしてしまうキ印男の醜態と、連作に凝らした仕掛けでこれって幻想ミステリ?というようなファンタジーへと歸結する幕引きが洒落ている「時空を征服した男」がいい、……ってほとんど全部ですよ(爆)。
大傑作、というわけではないですけど、安心して愉しめる好篇ばかりで、芦辺センセの實力がシッカリと体現されている作品集。しかし「幽鬼魔荘殺人事件と13号室の謎」をはじめとしておふざけとハチャメチャが過ぎる作品ばかりだというのに不思議と嫌みを感じないのは、センセの人格によるものなのか、それとも本格である前にまず物語として愉しいものを、という氏自らの信念によるものなのか、このあたりがとても不思議。
また巻末の「年譜・森江春策事件簿」は當に労作で、資料的価値も高し。森江探偵ファンはマストでしょう。