「古本屋で中町信の本を集めよう」シリーズ第五回。本作は、前回取り上げた「秘書室の殺人―課長代理深水文明の推理」の一作目ということなのですが、「祕書室の殺人」よりもさらに地味。何しろ中町センセの作品ではお馴染みのプロローグもないし、物語はいきなり主人公の醉いどれ探偵深水文明の紹介から始まるんですから。
「祕書室の殺人」の時はあまり意識していなかったんですけど、この醉いどれ探偵、「テレビのやくざ者の若手俳優を思わせる、ニヒルな感じの色白の男」だそうで、そうなると顎髯ボウボウの、やくざ俳優というよりはマタギみたいな雰圍氣の横顔をフィーチャーした三作目のジャケはちょっと違うような氣がするんですけど如何。
醉いどれ探偵は医療機器の販売を行う東洋器機会社の人事部にいて、そこの課長が病気になったということで急遽課長代理を務めることになったとのこと。この会社は若手を積極的に登用するのをウリにしていて、彼の同期は続々と課長次長へと昇格しているというのに醉いどれ探偵は要領の悪さと素行問題でそのチャンスを逃していた、……というような説明が冒頭一頁でイッキになされます。
で、總務部が四月の土日に親睦旅行に出かけるという計画をたてていて、その直前に会社の給料三百万圓が盜まれ、仙台支社から出張してきていた女性はビルから何者かに突き落とされて大ケガを負う、という大事件が發生。この給料泥棒の嫌疑が深水にもかかってきたから大變ですよ。
何しろこの醉いどれ探偵、大酒飲み故に小便が近くて、給料の仕分け作業を行っているとき現ナマの入った鞄を会議室に置いたままトイレに行ってしまったというから責任重大、さらにこの給料が盜まれたすぐあとに出張してきた女性社員の大事故があったというから、當然この給料泥棒と大事故のあいだには何か關連があるのでは、と睨んだ醉いどれ探偵は犯人を探ろうとするのだが、……という話。
一應、ビルから落ちた女性というのは一命はとりとめたものの、事故の時の記憶がスッカリなくなってしまっている。気がついたら地面の上にブッ倒れていたというので、彼女を突き落とした犯人も分からないし、その前の記憶も飛んでいるというから給料泥棒の眞相も闇の中。
で、上司はこの給料泥棒の件は内々に処理しようと警察には通報せずに収拾を図ろうとするのですがこれが後で裏目に出てしまいます。さらに社内で現金が盜まれて、おまけに出張してきた社員が謎の事故を遂げているんですから、予定されていた親睦旅行も當然キャンセルかと思いきや、社内の誰もがその點に関してはツッコミを入れることなく作竝温泉への旅行を敢行、……ってまあ、この點はツアー中に人が殺されても予定通りに観光を強行した末にまた死人が出てしまった「下北の殺人者」よりまだマシでしょうか。
しかしこの旅行中にまたまた社員が殺されてしまいまして、人が殺されたら流石に警察を呼ばない譯にはいかないということで、本社で發生した給料泥棒の事件も絡め、果たして犯人は誰なのか、というところを醉いどれ探偵が探っていきます。
本作は中町センセの作品では御約束のプロローグがないことからアレ系の作品ではない譯で、ミステリとしてのウリはダイイングメッセージ。で、この第一の殺人があったあと、猫田って男が殺されるのですが、彼が不可解なダイイングメッセージを残して、この意味は果たして何なのか、……というかんじで後半は展開されます。この猫田の趣味というのがマンガで、社内にいる好きな女性の似顔絵などを書いているようなキモ男なんですけど、この好きな女性というのが転落事故の犠牲者で、彼はこの女性にプロポーズしたものの見事にフラレていたということから、第一の事件が発生した時點ですでにこの男は容疑者として疑われていた譯です。
で、ここでも「怪しい奴は必ず後で殺される」という中町ミステリの法則が見事に発動、猫田はマンガみたいな奇妙な文字とも記号ともつかないようなものを残して殺されてしまいます。
マンガが趣味だということで、この妙チキリンな記号はそれに關連しているのではないか、ということになるものの、醉いどれ探偵がこのダイイングメッセージの意味が分からずウンウンいっているあいだにまたまた女性が殺されてしまいます。
で、最後に眞相を見拔いた醉いどれ探偵は犯人のもとを訪れて、その件の人物を告発するのですが、何しろ赤ら顏でグテングテンに醉っぱらっているものですからどんなに明晰な推理を披露しても全然説得力がない。犯人にはおまえ、醉っているだろ、なんてツッコミを入れられてしまうていたらくで、
「今日のきみは、どうかしてるな。赤い顏をしているようだが、例によって醉っているんだね」
「起きぬけに梅酒を一杯やりました。新幹線の中で、かんビールを三本飲みました。それに、仙台での昼食のときにも、水割りを三杯飲んでいます」
「昼間からそんなに飲んだんだ。きみの神経は、正常じゃないんだよ。それにきみは、酒の上での問題の多い醉いどれだからな」
この作品もダイイングメッセージものの缺点が見事に出ていて、「まあ、そんなふうに考えることも出來るけど、ちょっと無理があるんじゃないかなあ」と考えることしきり、アレ系の仕掛けがないものなど中町センセの作品とは認められないッと思ってしまうのですけど、とりあえず自分の予想通り、一作で三人が死んでいたことを確認出來たことだけでもよしとしましょうかねえ。