着ぐるみマニアたちの変態ショー。
という譯で再び我らがキワモノマニアの女王、戸川センセの傑作選を取り上げてみたいと思います。絶版ものばかりでは流石にアレなんで、今回は当ブログではすっかりお馴染み、出版芸術社はふしぎ文学館のシリーズから「黄色い吸血鬼」をお届けしましょうかねえ。
前回とりあげた「嬬恋木乃伊」もそうでしたが、本作もまったくのハズレなし、キ印の堕胎専門醫師の惡行にネクラ青年の犯罪を絡めてジメジメと展開する恐怖譚「緋の堕胎」、これまたキ印男のパトロンが人魚とムキムキマンの白黒ショー(っていうのか)を私設水族館の中で行おうとする「人魚姦図」、犬の着ぐるみを被って夫人を強姦する「変身」、兄妹の近親相姦と秘密パーティーの怪しげなテイストがタマラない「疑惑のしるし」などなど、もうとにかくどうやったらこんなものが書けるんですかッと作者の頭の中を覗いてみたくなるような怪作が目白押しの大傑作選、讀者におかれましてはここはもう心してかかっていただきたいと思う次第です。
冒頭を飾る「緋の堕胎」は筒井康隆セレクトの恐怖小説傑作選「異形の白昼」にも入っていた名作で、新聞記者を名誉毀損で訴える起訴状からドンヨリと始まる物語はとにかく暗く、ジメジメネチネチと展開します。
舞台となるのは堕胎専門のキ印醫師が營む産婦人科の病院で、ここでは掻爬した胎児の処理に金をかけるなんて莫迦莫迦しいとばかりに裏庭へ穴を掘ってジャカスカ死体を捨てています。で、こんな悪魔の所行を繰り返している故に醫師の妻は奇妙な新興宗教にドップリ漬かっておりまして、ここで助手として働くネクラの青年も延々と続く穴掘りの仕事をいやがっている。
一応産婦人科の看板を掲げている譯ですから、堕胎専門といってもそちらはあくまで裏家業、バーのママの口ききで訪れる患者は皆が皆七八ヶ月になった妊婦ばかり。
そんなおり、一人の女がこの病院を訪ねてきます。その七ヶ月の妊婦への処置というのがこれまた悲鳴をあげたくなるようなおぞましさで、ここでその内容を詳細に書くことは躊躇らわれます。とりあえずこのあたりのアワワワと声をあげてしまいたくなるようなシーンについては皆さんで直接本文にあたっていただくとして、話の先を進めますと、この妊婦は夜になって突然苦しみだし、キ印醫者の許可も得ずに病院を出て行ってしまいます。
しばらくしてその女が行方不明だということで、女の夫が病院を訪ねてくるのですが、これがきっかけでキ印醫師の惡行がトンデモないかたちに転がっていき、……という話。新興宗教にハマった妻とネクラ男の三角關係もジットリと描きつつ、最後にこの行方不明になった女を絡めて眞相が思わぬ反転を見せる終わり方がいい。胎児の腐臭がプーンと漂ってきそうな異樣な迫力に頭がクラクラしてしまう傑作ですよ。
續く「人魚姦図」は繪描きの大家を父に持つ男の語りで進む話で、ノッケから俺は潛水服を着て水槽の中にいるらしい。で、何で男がこんなふうになってしまったのかその顛末をこれから語ろう、というかんじで物語が始まります。
ボディビルで体をムキムキに鍛えている俺は一年前、友人の持ってきた求人広告を見て、その場所を訪れます。で、その求人広告というのがもう、何というか怪しさムンムンでありまして引用すると、
埋もれた未完成の俳優志願者を求む。人生の全時間を演技出来る男性。秀でたるマスク、健康で均衡のとれた肉体美の持ち主にかぎる。
で、この求人広告の先は何と水族館。面接で禿頭のオーナーは俺に対して、「これから、わたしのことはパトロンと呼びたまえ」と宣言、で、この何とも得体の知れないオーナー曰く、バイトの内容というのは舞台となる大水槽の中にはいって人魚と交われという。
水槽の中は藻がイッパイに埋まっていて、いったいどこに人魚が隱れているのかは分かりません。で、俺はすっ裸になって水槽に潛るのですが成果は芳しくない。禿頭のパトロンがいうには、おまえが手足をブラブラさせているからいけないんだ、体に重しをつけて仰向けに寝ていれば人魚の方から寄ってくるというんで、その通りにしてみると、ついに人魚との結合に大成功。しかしそこに恐るべき罠が用意されていて、……という話。
「嬬恋木乃伊」フウにキ印の妄説が現實味を帶びて展開される前半と、それが崩壞していく後半との落差が素晴らしい。最後には語り手が狂氣の中へと沈んでいくという安直な幕引きが「嬬恋木乃伊」と比較するとちょっと弱いかな、と思うんですけど、それでもこの奇想は十分過ぎるほどに変態。普通の人ならこれだけでもう完全にノックアウトでしょう。
「変身」は犬の調教師の青年が夫人を殺したというので、変態犯罪専門の女弁護士が彼の弁護を行うことになって、……という話。徐々に事件関係者の壞れっぷりが、事件を追いかける側の視点で明らかになっていくという展開は「深い失速」に近いものがありますねえ。
で、殺された夫人はポメラニアンをバター犬にしていたことが発覺、その後に飼うことになったグレート・デンとは本番までしていたことを知った青年は死んだグレート・デンからつくった着ぐるみを被って、夫人に挑むのだが、……って、これ讀み返して気がついたんですけど、作者の戸川センセって、犬とか、着ぐるみが好きですよねえ。「嬬恋木乃伊」ではマントヒヒの着ぐるみ、こちらでは犬の着ぐるみ。そして大怪作「透明女」では主人公がトリップして犬になってしまっていた譯で。このあたりにセンセの素晴らしい嗜好を讀み取るというのもマニアの秘かな愉しみでありましょう。
「疑惑のしるし」はまず秘密パーティーの模樣が描かれるのですが、外人の金持ちがKKKみたいな頭巾を被って隱微な乱交パーティーを行うという出だしからして振るっています。で、話はこのパーティーに參加したある男の手記へと續くのですが、彼はどうやらこのパーティーに同じように參加した自分の妹と交わってしまったらしいと脅えています。
KKKの頭巾を被っていた譯ですから顏の方は分かりません。しかし自分がその時につけた齒形が妹の肩にあるのを見つけて唖然呆然、その一方で秘密パーティーで体験した悦楽が忘れられず、……。
最後にこの手記の内容が見事な反転を見せる技が冴えていて、ミステリとしても樂しめる仕掛けが素晴らしい一作です。
……って書いていたら、またまた遙かに枚数を超過しているんで、以下は印象に残ったものだけ。本當は二回に分けてお送りしようかとも考えたんですけど、それほどの分量でもないんですよ。
「ウルフなんか怖くない」はカタカナの洒落た名前とは裏腹に何とも複雜な讀後感に頭を抱えてしまう一篇。優秀な成績で奨學金までもらって大學を卒業したエリート男が、大臣の娘を嫁にもらうのですが、この嫁というのが身長一メートルほどしかない幼兒体形だったというのがそもそもの不幸の始まりでした。
ある日突然妻は植木職人と驅け落ちしてしまいます。で、体面もあるから男は妻の行方を捜しまくるのですが、ある見世物小屋で蛇女をやっている女が妻に似ているという話を聞きつけます。行ってみると、妻は本當に蛇女として見世物小屋にいて、……という話。幼兒体形とはいえ、顔は普通、おまけに大臣の令嬢という妻が何故こんな目にあっているのか、というあたりに団鬼六テイストの物語を予想していると見事な肩すかしを食らいます。気が滅入るとも違う、何とも人間の心の奧底にある暗黒面を見せつけられたような氣がして頭がグルグルしてしまうのでありました。
「猫パーティー」は奇天烈な藝術家の女からあるパーティーの招待状が私のところへ届くところから始まります。招待状を開いてみると、パーティーでは自分が長年愛していた猫を料理して皆さんにふるまいたい、どうかこの儀式に参列していただきたく、なんて書いてある。で、この藝術家の女の名前がまた素晴らし過ぎるんですよ。渋谷ダダ。ダダというのがダダイズムに由來することは明らかとはいえ、どうにも自分のようなウルトラマン世代の人間にはボブカットの縞々模樣の星人が頭に浮かんでしまうのでありました。
果たしてその後はダダの海外生活と私との交流が回想として描かれるのですが、最後はこれまた何ともな終わりかたをします。とにかくLSDでキメて猫とともに奇妙な踊りを繰りだしながらカンバスに向かうダダの狂態が何ともいえませんよ。
「蟻の声」は「べろべろの、母ちゃんは……」でも出て来た例の蟻拷問再び、ですよ。向こうは印度でしたが、こちらは南米。南米といえば蜂蜜というわけで、こちらは凄慘なシーンを私の視点からシッカリと描いているところが何とも。
全編女の語りで進むものの、女は蟻マニアの學者と結婚し、生まれた子供に蟻子ならぬ有理子と名前をつけるのですが、その娘は犬に食われて死んでしまいます。續けて養子をもらうものの、これまた蜂に目玉を刺されてという受難に遭遇、最後に蟻マニアの夫がトンデモない目にあって、……。夥しい蟻がウジャラウジャラと大行進を繰り出して部屋の中へと入っていくシーンが何とも壯絶。
そのほかは、吸血鬼をモチーフにしながらミステリ的な仕掛けと騙しが冴える「誘惑者」、そして奇妙な吸血鬼の姿と輸血協会の寮での奇怪な出來事を描いた表題作「黄色い吸血鬼」、藝能界を舞台にホモ中年とアイドル男、お手伝い女の三人プレイが見所の「蜘蛛の糸」、鸚鵡マニアが暴く犯罪「砂糖菓子の鸚鵡」など。
とりあえずダークな「緋の堕胎」、キ印男の奸計と狂氣が素敵な「人魚姦図」、ミステリ的な仕掛けが冴えている「疑惑のしるし」あたりはマストでしょうかねえ。本作はまだ手に入ると思うので、戸川センセの奇天烈テイストを今すぐにでも体験してみたいという方には強力におすすめしたい傑作選といえるでしょう。おすすめ。