天衣無縫。
前回取り上げた「 三橋一夫ふしぎ小説集成〈1〉腹話術師」に續く第二彈、という譯で、今回は「鬼の末裔」をいってみたいと思います。
何ともいえない味わいの短篇が揃った本作、アレ系フウの騙しの效いたショーショート「不思議な帰宅」、神隱しの怪異に記憶喪失ネタで合理的な解決を見せる「湯河原奇遊」、小説の登場人物が作家の元を訪ねてくるという奇想が意外な展開を見せる「殺されるのは嫌だ」、怪獸の魅力に憑かれた男の末路「怪獸YUME」、ドッペルゲンガーとオブセションの融合が光る佳作「暗殺者」、純粋な冒險譚としても十分に愉しめる「沈黙の塔」などなど全19編を収録、讀み逃せない作品が目白押しですよ。
まず冒頭を飾るのはアレ系のネタが光る「不思議な帰宅」。「腹話術師」に収録されていた「帰郷」ほどの驚きはありませんが、毎年夏に帰宅して兩親を訪ねる男の一人稱で描かれた物語は、最後の最後に意外な事実を明かして終わります。
これと似たネタが「影」で、一昨年の五月の出來事を僕が回想する、というかたちで始まる物語。建築場を通り過ぎたおりに頭に落ちてきた角材で怪我をした僕は、銀座をぶらぶらした後家に帰るのですが果たして、……という話。こちらは「不思議な帰宅」に比較して少しばかり長いので途中でネタが割れてしまうのが勿体ないのですが、「不思議な帰宅」を讀まなかったら騙されたかもしれません。ディテールの仕込みはこちらの方が巧みです。
「湯河原奇遊」はラジオで放送された「記憶喪失症と神隱しとの関係」という講演にふれるところから始まり、そこからとある病理学者の博士に届いた二通の手紙について語られる物語。夜中に便所へ行った男が行方不明となり、数年の時を經て同じ便所から姿を現したという神隱しの逸話へ、最後に博士が推理を行い辻褄のあった解答を示します。神隱しと思われる怪異に二通の手紙の内容から推理を行う後半はミステリとしても上質。こういう話はかなり好みですねえ。
「殺されるのは嫌だ」は、「サソリ殺人事件」という長編小説を書いた探偵小説家のもとに或る美女が訪ねてきます。件の女性はその小説の中で殺されてしまう登場人物に瓜二つで、……という話。女性は小説の中で自分が殺されるのは嫌だといい、自分が殺されてしまう連載小説の原稿を取り戻し、最後には「物語」そのものを殺してしまおうとするという最後の強烈なオチがいい。
「海獣YUME」はYUMEというエチオピアに棲息するという海獣の魅力に取り憑かれた男の話で、冒険を繰り返してYUMEを捕捉はするものの自分のものにすることが出來ない男は、最後に日本の山ン中でそのYUMEを見つけるのだが、……。この海獣の存在そのものが男の幻想なのか、それとも、……という混沌とした展開になっていきます。しかし筆運びは作者らしく淡泊なところがまさに「ふしぎな」雰囲気を釀し出している佳作です。
「蛇恋」は小蛇の死体が発見されたという出だしからいかにも探偵小説ふうに話は展開していくものの、色恋沙汰に端を發する物語が幻想へと収斂していく展開がいい。
とある男女の仲人をした私の語りで話は進むのですが、結婚した女性からの手紙によると、どうも夫は浮気をしているらしい、その一方病気で入院していたものの今は恢復して退院をした彼女は、入院している間に知り合った男性と仲良くなっているらしく、……と夫婦の間がうまくいっていず、更には妻は夫に殺されるのではないかと怯えている。心配した私は二人を訪ねていくのだが、……。何となくこの現実的な解と幻想のあわいを呈示したまま幕引きとなる終わり方が、楳図センセの「闇のアルバム」フウで、これも好み。
表題作の「鬼の末裔」はケタケタケタという奇妙な笑い聲に惱まされる男の手記から、彼が婚約者に裏切られる話を軸に、父が殘した草紙にまつわる逸話を交えて物語は展開します。ちょっとこの二つの話の繋がり方がぎこちない氣がしますねえ。スペイン語で書かれてあった草紙から、彼の先祖の眞實が解き明かされるという趣向はいいのですが、それと冒頭の十三体の佛像の笑い聲がどうにもうまく結びつかないというか。作者にしては珍しく散漫になってしまっているような氣がするのですけど、もしかして自分の方が讀み間違えてしまったのでしょうかねえ。
第一巻でも作者の短篇にはドッペルゲンガーネタが多いことは触れましたけど、「あそこにもう一人の君が」は當にベタベタのドッペルゲンガーネタの話。
幼い時からもう一人の自分が現出することを気に掛けていた和子という女性にまつわる物語で、彼女は結婚までするものの、結局このもう一人の自分の話を夫に隱し通すことは出來ずに最期は自殺してしまいます。意外だったのが、この怪奇現象に説明をつけるために、式場先生のお話として、……なんてかんじで、中井英夫の流薔園のモデルにもなった精神病院を設立した、式場隆三郎先生が最後に登場。ここだけはちょっと驚いてしまいましたよ。
「暗殺者」もドッペルゲンガーの變種といえる佳作で、夜中に枕面でヒソヒソと話をしている暗殺者の會話に目をさました私の語りで話は進みます。この暗殺者というのは白い手袋をしている男のようなのですが、ハッキリとした姿は見えません。彼は夜中じゅう、この暗殺者から逃げ回るのですが、最後にこの正体らしきものが明かされます。これはやはり私の劣等感とかオブセッションが生み出したひとつの幻影だと考えるべきなのか、それとも、……とこれまた結末を曖昧にしたラストが洒落ています。
「三井寺の鐘つき男」は、民話にインスパイアされたのか、或いはそのものなのかは判然としないのですが、蛇をお嫁にもらった男のお話。氣だての良い妻の本當の姿が蛇であったことを見てしまった男は驚き、正体を見破られた妻は子供を殘して家を出て行きます。やがて子供は成長するのだが、……と民話のギミックを巧みに組み合わせて何ともほろりとくる話に仕立て上げる腕は流石で、このあたりの流暢さは典型的定式的な冒險譚「沈黙の塔」でも遺憾なく発揮されています。
「沈黙の塔」は敗戦後、印度で行方不明となった夫を捜しにやってきた夫人とその仲間の冒險譚。彼女の廻りに集まってきた男性陣は皆が皆夫人のことを慕っていて、旦那が見つからなかったらあわよくば、……なんて考えてはいるものの、根は真面目な紳士ばかり。途中で知り合った男たちも加勢して最後は見事夫人の願い叶って夫と再會というオチも素敵です。またエピローグで彼らのその後をさらりと描いてしめくくるあたりも洒落ていますよ。作者の淡泊な文体ゆえか、こういうベタな物語を書いても嫌みっぽくならないところがいい。
収録作の中で一番ミステリっぽい構成になっているのが「女怪」で、保険外交員となった冴えない男が主人公。どうにか保險を契約してもらおうと、湘南の金持ち醫者の夫人を訪ねていくのですが、いきなり夫人の方から熱烈なアプローチを受けて、氣弱な主人公は関係をもってしまいます。女性外交員が保險を売る為に、っていうのはアダルトビデオなんかでよくありそうな展開なのですがこちらは逆。當然こんな美味しい話には裏がある譯で、彼は妙な誤解から夫の醫者を殺してしまいます。果たしてこれは夫人の奸計であったことが明らかになり、……という話。
ただ作者も巻末の「探偵小説のモラルに就いて」というエッセイで触れているとおり、トリックや謎解きで見せる話ではなく、最後は予想通りの展開で終わります。「新青年」の時代の古い探偵小説、というよりは、アレ系の仕掛けの物語をさらりと描いてしまう作者のこと、これは、ミステリはこういうものだと考えている作者の風格だと思うんですよねえ。
そのほか、ホロリとくる話としては「帰ってきた男」「帰り来りぬ」もなかなかで印象に残ります。「白鷺魔女」は幻想譚というよりは御伽話の定型に則った佳作で、仕込みからオチまですべてが完璧。第一巻を手に取ったとあれば、やはりここは二巻三卷と全てを揃えたいところですよ。という譯でまだ暫くしたら、第三巻も取り上げたいと思います。