ダメ人間劇場。
杉江松恋氏の解説に「本書は童貞小説であります」なんてあったから、今まで敬遠していたのですけども手にとってみました。正史リスペクトな作風で、後半に開陳される謎解きも悪くないんですけど、作者の他作、例えば以前取り上げた「眩暈を愛して夢を見よ」などに比べると、ちょっと普通に過ぎるというか。
主人公智明のダメ人間っぷりと、探偵の推理で明らかにされる犯人のロクデナシっぷりの相似性など惹かれる部分もあるものの、もっとハジけている方が好みですかねえ。
正史フウに展開される物語は普通にミステリしているんですけど、主人公も含めた登場人物はこれまた誰も彼もかなりアレなところは非常に愉しい。學校の成績はダメ、絵が好きで紙芝居を一人で黙々と書いているところとか、年上の出戻り女にウジウジと憧れているところとか、主人公の童貞っぷりはかなりイケているものの、いかんせん物語の展開が緩慢に過ぎるところがちょっと。
事件としては、下半身をブッタ切られた死体が次々と見つかり、そこへ村に傳わる犬使いのばあさんの昔話を添えて見立て殺人を仕掛けたところが正史フウ。本作ではそこに學生たちが影で行っている悪魔の儀式なども絡めて、連続殺人が実は不連続であることが最後に明かされます。また童貞智明の視點から事件を描写しつつも、要所要所に村人たちの視點を交えることによって事件を多角的にとらえることが出來るような配慮もあって、フェアであろうとする作者の志が感じられるところはなかなかです。
しかしそれ故に村人のエビソードが些かくどくなってしまっているところは何ともですよ。正史リスペクトといいつつ、名探偵がなかなかその姿を現さないところが本家との大きな違いで、それ故に次々と凄慘な死体が発見されつつも、事件は終盤まで探偵の手によって推理されることなく進みます。作者の作品であれば、ここで登場人物のダメっぷりを執拗に描き出していくことで讀者を飽きさせることなく物語を展開させていく筈なんですけど、本作の場合、正史フウの悪いところが出てしまったようで、話の流れは実に緩慢。
更に正史であればここに怪奇趣味を織り交ぜることによっておどろおどろしい雰圍氣を釀しつつ讀者を引きつけていくのですけど、本作の場合、下半身を切断された死体が次々と見つかるという獵奇的な犯罪ながら、童貞主人公のダメっぷりで話の展開を引っ張っていく趣旨の為、そのあたりの怪奇趣味はちょっと希薄。エコエコアザラクが出て来てもそれは怪奇な雰圍氣を煽るものではなく、寧ろチープ感を釀し出す為の装飾に過ぎません。このあたりが惜しいなあ、と思うのでありました。
それでも後半、探偵が正史リスペクトで偽の推理を披露しつつ、眞犯人を明らかにするドンデン返しは面白い。また本作では、見立て殺人に見せかけた犯人の意図をシッカリと推理してみせるところが冴えています。それでもこの眞相に辿り着くまでの経緯がちょっと長すぎるかなあ、と思ってしまうのでありました。
もっとも解説で挙げられている同じ正史リスペクトの長編「美濃牛」もあまり樂しめなかった自分の感想でありますので、この正史フウの長さがいい、という人もいると思います。殊能氏の「ハサミ男」や「鏡の中は日曜日」と比較しても、「美濃牛」の長さがいいッという人には本作もいけるかもしれません。