ハリボテゴシック絢爛。キワモノマニアはお断り。
プルースト・マシン、セルロイドの子供、前衛芸術、キ印博士の腦実驗、さかしまの娘、貴族令孃、男装ボーイッシュガールの探偵ごっこと萌える要素はテンコモリながら、どうにも物語の展開が淡泊に過ぎて、今ひとつハジけていないところが物足りないというか何というか。
あらすじとしては、昭和初期を舞台に据えて、アングラ芸術家を目指す上流階級のお孃さま二人組、「さかしまの娘」が淺草で「プルースト・マシン」というタイトルで展示会を行うのですが、そこで殺人が発生します。吊り上げられた椅子に座っていたアングラ芸術家の片割れが銃殺されるのですが、果たしてその場所に居合わせていた誰もが彼女に銃を向けることは出來なかったという状況で、犯人どのようにしてこの不可能犯罪を為し遂げたのかという謎で引っ張ります。
事件はこれだけでは終息せず、今度は岬で男が同じように銃殺されます。しかしここでも犯人は逃げることが出來ず、……というかんじでこの二つの銃殺事件に絡めて、とある華族のお家事情もまじえつつ物語は淡々と進みます。
探偵役というのがカメラマンの男なんですけど、物語の語りはこの男の友達の「僕」。そしてこの僕の語りが妙な雰圍氣を出しておりまして、探偵役も含めた登場人物の会話は普通にカギ括弧で括られているものの、僕の会話部分はすべて「——」という棒線で始まり、さながら独白のようなかたちで書かれている為にか頭が混乱してしまいます。
更に探偵の動作や心理描写をそんな文體の中にさらりと溶けこませているため、語りの主は誰なのかとますます頭がグルグルしてしまうのでした。最初はこの僕の語りに何かアレ系の仕掛けではもあるのか、と勘ぐったりもしてみたのですがそんなことはありませんでしたよ。
文章が下手なのかというとそうではなくて、恐らく確信犯的にこういう奇妙な文体を選んだのではないかと思います。というのも、本作ではプルーストへの執拗な言及が隨所に見られ、記憶が物語の主題であると仄めかされています。そしてキ印博士の脳実驗というのも、腦刺激によって記憶の底にある情景を呼び覚ますというものでありまして、文体、そして淡々と進む物語の筋運びとも相俟って、物語はスクリーンに映し出されたモノクロ映画のような雰圍氣を出しています。
記憶の曖昧さとともに、物語の登場人物もおしなべて影が薄く、探偵役の男などは事件を調べていく過程で容疑者の一人と目される華族の令孃に惚れてしまい、事件を投げ出したまま途中退場してしまいます。
この作品が不思議なのは、探偵の退場によって今度は語り手の「僕」が前に出て來てその役割を代わろうとするところでありまして、ここにボーイッシュな男装娘が登場し(名前が藍子。佐藤藍子ですかッ)、彼女が最初のアングラ芸術家の銃殺事件に關しては一つの推理を披露します。しかしこれまた二つ目の事件の解を示さずに退場してしまうんですよ。
かといって物語が錯綜を極める譯ではなく、語り手の僕を取り巻く状況は何も変わらないまま、ただひたすら、淡々と物語は進みます。やがて退場していた探偵役の男が帰国すると、僕は彼とともに華族の家を訪れるのですが、そこで明かされる眞相というのが、また何ともな代物でありまして、結局強烈なドンデン返しもなくこれまた淡々とした幕引きで物語は終わってしまう。
物語全体をマッタリと占めている頽廢的なムードが獨特の個性を放っているものの、どうひっくり返してもメジャーにはなりえないネクラ系、というかネクラ少女が釀しだす澁澤萌えのゴシック風味はある意味病的。作者は女性ではないかな、と推察するのですが、これが男性だったらちょっと怖いですよ。
キワモノ好きの自分ではありますが、この気どったかんじが、自分のようなキワモノトンデモファンを拒絶しているようにも感じられ、手放しで賞讃出來ないところが何とも辛い。中井英夫や久生十蘭のようなユーモアがあれば、もっと多くの幻想小説ファンにもアピール出來たと思うんですけど、これではちょっとキツいでしょうかねえ。
じゃあ嫌いなのかというと、そんなことはなくて、かなり好きなんですよ。こういうの。ただ、上にも書きましたけど、どうにもキワモノファンに賞讃されるのを頑なに拒む作者の強い意思が感じられてしまう為、自分のような人間がこの作品を持ち上げるのはどうなのかなあ、と思ったりするのでありました。
プルーストとか、ナボコフとか、ハイデガーとか、そういう名前にピンとくるインテリな読者に讀んでもらいたい、海野十三とか蘭郁二郎とか、宇能鴻一郎の「べろべろの、母ちゃんは……」がいいッとかいっている自分のようなキワモノマニアにおすすめ、とかいわれても嬉しくないんじゃないかなあ、とかそんな作者の強い意思を行間にヒシヒシと感じてしまってちょっと鬱。
語り手の視點の搖らぎ、そして記憶を主題に据えた詩的な構成から釀しだされる獨特の雰圍氣はかなり個性的で、カルト的なファンがいそうな予感。中井澁澤萌えの女性に讀んでいただきたいカルト作、ということで、今日ばかりは多くを語らず纏めておこうと思いますよ。