師走といえばランキング、という譯で、とりあえず自分も今年リリースされた讀了本から、印象に残ったものをここに纏めておこうと思います。
しかし御覧の通り、自分は一つの作品を五段階評価することさえ出來ないボンクラでありますから、そもそもどの作品がどの作品より優れているかを決めることなど到底無理な譯で。とりあえず順位づけなどは軽くすっ飛ばして、印象に殘った作品だけをズラリと竝べてみますとこんなかんじ。
旧宮殿にて 15世紀末、ミラノ、レオナルドの愉悦 / 三雲 岳斗は、あまり話題には上らなかったようですけど、今年讀んだ短編集の中では一番のお氣に入り。ダ・ヴィンチ探偵、イル・モーロ、チェチリアといった登場人物のキャラ立ちも素晴らしければ、一編一編の無駄のない構成もいい。そして「二つの鍵」で展開される精緻な論理の美しさ。リリースは今年ではありませんが、本作と同樣にダ・ヴィンチが探偵として活躍する長編「聖遺の天使」もおすすめです。
グーテンベルクの黄昏 / 後藤 均は「写本室の迷宮」の續編、というか本編となる作品ですが、とにかく歴史ロマンとミステリとしての技の冴えが素晴らしい傑作です。これもあまり話題にならなかったようなんですけど、自分としてはもっとたくさんの人に讀んでほしい作品ですよ。本編で展開される星野泰夫の冒険譚がとにかく格好いい。そして脇を固める登場人物たちの生き生きとした描写、疊み掛けるように密室殺人が繰り出される豪華さと、ミステリとしては勿論のこと、歴史冒險小説としても愉しめるところがミソ。
摩天楼の怪人 / 島田 荘司は御大の復活作、ということで、やはり外せませんよねえ。ネットでの評判を見るにつけ、やはり辛口の意見もあるようなのですが、自分としてはここまで持ち直してくれれば大滿足です。しかしこの後にリリースされた中編「エデンの命題」では相變わらずのダメっぷりを見せつけてくれた御大のことですから、本作が本當に完全復活を意味するものなのかどうか、まだまだ予断を許さない状況なのかも、……って重病患者みたいないいかたですけど、とりあえず迷走期間が長かっただけに自分としては心配なんですよ。それでもやはり次作には大いに期待したいところです。
鏡陥穽 / 飛鳥部 勝則。「綾織」でトンデモないことになってしまった飛鳥部氏でありますが、今年リリースされた作品の中では、やはり後に出たこちらの方が相當にハジケていて好みですかねえ。まあ、次作となるボーイ・ミーツ・ガールの話に期待、でしょうか。個人的には早く氏のサイトが復活してくれないかなあ、と思ってます。氏の怪奇探偵小説のレビューが好きだったので。でも、今の状況を考えるとチと無理か。
弥勒の掌 / 我孫子 武丸。我孫子氏のアレ系といえば「殺戮」、というかんじで、「殺戮」以外の印象が非常に薄いように感じるのは自分だけでしょうか。本作はそんな氏が本格魂を投入した起死回生の(大袈裟)傑作でありまして、ミステリにおけるアレ系の深化を見せつけてくれたという意味で、個人的には「殺戮」と竝んで氏の代表作としたいところ。とりあえず本作が本格推理小説であるかどうかとか、そんなことはどうでもいいですよ。我孫子氏自身は本格推理小説とは考えていないようですけど、自分としては本格ミステリの傑作だと思っています。勿論、ここでいう本格推理小説という用語は二階堂黎人氏の言葉で、自分が使っている本格ミステリとは違う、というのは説明するまでもありませんか。
扉は閉ざされたまま/ 石持 浅海。やはり話題にのぼるだけあって、これも素晴らしい傑作だと思います。密室の状態を維持したまま展開される探偵と犯人のスリリングなやりとりが堪りません。石持氏の代表作といっていい出來映えだと思います。しかしその一方で動機の點などにちょっと不安が殘っていたことも確かで、それが次作の「セリヌンティウスの舟」で表に出てしまったというところが何ともですよ。しかし「セリヌンティウスの舟」も新境地を開いた作品であることは間違いなく、もう少しこの狙いを活かせる方向でディテールを仕上げていればこの作品もまた傑作になり得ていたのかもしれません。これまた次作に大いに期待したいところです。
カーの復讐 / 二階堂 黎人。二階堂氏の風格が最上のかたちで表出された傑作。個人的には現時點での氏の最高傑作ではないかと思っているんですけどねえ。この作品もあまり話題になっていないようで、ちよっと殘念ですよ。氏が提唱されている本格推理小説の三條件を滿たしているか厳密な檢証はしていないんですけど、四要素を十分に滿たした、氏のいう本格推理小説の傑作ではないでしょうか。犯人はバレバレなんですけど、三條件、四要素ともに「犯人がバレバレではいけない」なんて項目はない譯で、それ故にこれをもってして本作の價値が損なわれるということはありませんよねえ。
とにかく冒頭からナルっぽく登場するルパンが滅法格好良く、そしてルパンの世界を舞台にしてい乍ら、氏の敬愛する乱歩、正史的な要素がギュッと詰まっている内容がいい。そしてそれは眞相が明らかにされて初めて分かるという仕掛けも心憎いです。ミステリーランドのシリーズ中では、正統中の正統を行く作品でしょう。
神様ゲーム / 麻耶 雄嵩。そして「カーの復讐」と對極をなすのが本作で、これまた今年の収穫のひとつでしょう。衝撃度という點では一番でしたよ。石持氏の「扉は閉ざされたまま」と同樣、かなり高い評価を得た作品のようで嬉しい限りです。ミステリーランドだからこその、この作風、そしてラスト。もう麻耶氏でしか出來ないこの極惡ぶりは喝采もので、ミステリに新しい地平(でもこの先はかなり憂鬱カモ……)を開拓した作品として歴史的にも意義がある傑作でしょう。
で、実は皆さんに一番讀んでもらいたかったのがこのシリーズでありまして。都筑氏の少年小説もの、というレアなところに切り込んでみせた企畫だけでも素晴らしいのですが、内容の方も、ジュブナイルながら濃厚な本格ミステリの風味、そして素晴らしすぎるトラウマテイスト、さらにはハチャメチャな冒險活劇の味つけと、當に全編これ愉し過ぎる大傑作が目白押しという奇蹟。子供は勿論、大人でも(自分のような大人気ない大人であれば尚)その魅力を堪能出來る素晴らしいコレクションです。全編本棚にズラリと竝べて、そのカラフルな背表紙を眺めているだけでもニヤニヤしてしまう装幀もいい。しかしこれまたあまり話題になっていないところが殘念ですよ。
あ、あと特別賞、という譯ではないんですけど、これも挙げておかないといけません。
黙過の代償 / 森山 赳志は「未曾有の韓流ブーム」にあやかってリリースされた今年最大の問題作。ついにプロローグの一行目から始まるトリックとは何だったのか分からないまま年を越してしまいそうですよ。ネットでこの作品を檢索しても、誰もこのトリックについてネタバレをしている人を見かけないし、眞相はどうなのかと。講談社あたりが「解答編」と題して、どのような仕掛けだったのかを明かしてくれませんかねえ。
それと韓国での評判は分からないのですが、どうだったんでしょう。心配なのが、韓国のミステリマニアがこれ讀んで、「日本のミステリってのはこんなもんか。ダメダメだな。やはりミステリでもわが国の方が日本より遥かに優れている。何しろミステリという小説形式を世界で最初に考え出したのは我々韓国人なのだから」(ちょっと後半は余計か)なんて嘲笑しているんではないかということでして。まあ、このあたりのフォローはリリース元の講談社がシッカリとやってくれることでしょう。とりあえず本作、編集者と出版社が作品に關与した最惡の成果物、という點で歴史に名を殘した、今年最大の問題作でありましょう。
因みに購入しておいてまだ未讀の本も結構ありまして、ざっと部屋を見回して平積みになっているものだけでも、山田正紀の「マヂック・オペラ」、小泉喜美子の「太陽ぎらい」、倉阪鬼一郎「汝らその総ての悪を」、国枝四郎「国枝史郎 探偵小説全集 全1巻」など、要するにじっくり讀みたい本はどうしても後回しになってしまうという。この休みの間に未讀本を片づけてしまおうと考えているんですけど、果たしてどうなるか。
[本]私家版このミステリがすごい!2006 新刊編
2005年1月1日から今日までに刊行された作品の中で俺が読んだのは71作品。うち13冊は小説ではないので除き、残り58冊の中からベスト10を選んでみた。小説には毎回主観評価をつけているけ…