追悼、デレク・ベイリー。
という譯で、吉田増田コンビ時代のルインズと翁との格鬪技が堪能できる本作を今日は紹介したいと思います。
収録曲は七曲乍ら、やはり翁に気を遣っているのか、吉田氏のドラム、そして増田氏の超絶ベースもいつになくおとなしめです。ハジケっぷりという點では、同じTzadikからリリースされた「Hyderomastgroningem」の方が、増田氏の凄すぎるベースが目立っていて好みですかねえ。
といいつつ、そこはやはりルインズのアルバムですから、翁のハーモニクス炸裂のギターとはまったく別のところでドラムを叩きまくる吉田氏の凄まじさは聽き所で、特に一曲目の「YAGIMBO」などは、ただただ無定型に進んでいく翁のギターばかりに耳がいってしまいがちなのですが、これだとプログレマニアが聽き通すのは少し辛い。しかしちょっと聴き方を變えてドラムだけに耳を傾けてみるとアラ不思議、何だかトンデモなく破天荒な音に變わります。このあたりの多彩な愉しみかたが出來るところが本作のいいところでしょうか。
「SHIVAREYANCO」は例によって「ヒ、ハ、フ、ヘ、ホーッ」という吉田氏のハラホロボーカルに、ギリギリと螺旋を巻くような翁のギターが微妙な距離をおきながら演奏される曲。それにしても増田氏の影、薄過ぎですよ。
「QUINKA MATTA」は例によって打ち鳴らされる翁のハーモニクスが響き渡る中、ドラムの爆發によって場面は一轉、しかしここでも翁に氣遣ってか、ルインズらしい超絶變拍子地獄に転がることはありません。二曲目に感じられたような、三人の微妙な距離感が何か不思議な感覚を催します。この距離感をジャズとロックが決して相容れることの出來ない一線と見るか、それとも三人の演奏家が相手を探り合いつつの「間合い」と見るかで、本作の評価は變わるような氣がしますねえ。
「QDANGDOH」も「QUINKA MATTA」と曲の風格は變わりません。ドラムはリズムを叩き出すことなく、ひたすら翁のギターとの間合いをはかりながら、雙方が見いだし得る着地點を手探りで進むような雰圍氣で曲は流れます。中盤でようやく増田氏のベースが重い音を放ち始めるのですが、もっとハジけてほしかったなあ、というのが正直なところ。増田氏のバカテクベース、自分は大好きなんですよ。
「ZOMVOBISCHEM」は「バラハバッバ」「ウガギグゴゲーッ」という吉田氏の雄叫びが遠くに響き、翁のギターがかき鳴らされるところから始まります。増田氏のベースが重心を保ちながら唸りをあげるところが個人的にはツボですねえ。バタバタと吉田氏らしいドラムに併せてベースもそれに續くのですが、翁はそれでも唯我獨尊。とにかくマイペースでハーモニクスをキンコーンキンコーンと炸裂させまくります。
「MANUGAN MELPP」は混沌が生み出される前の緊張感を維持しながら最後まで進む曲。そしてここから一転して展開される「DHAMZHAI/SYTNNIWA」のベースは、あら懷かしや、「HAIL」のテーマじゃありませんか。それでもここに「アヘッ、アホウッ」というマグマチックなコーラスが入ってくる筈もなく、翁のアバンギャルド魂が炸裂するギターが、ベースとドラムのロック的リズムに些かの躊躇いを見せつつ、合いの手を入れていくという流れが續きます。「HAIL」のテーマが少しづつ熔解していきながら混沌へと突き進む中盤は本アルバムの聞き處のひとつでしょう。かなり好きです。
「Hyderomastgroningem」もそうなんですが、Tzadik からリリースされているルインズのアルバムは總じてお行儀が良すぎるところが、ルインズファンには少しばかり不満といえば不満でしょうか。ハメを外したバカっぽいユーモアは皆無で、全編シリアスに進められる雰圍氣は案外現代音楽が好きな人にも受け容れられるかもしれせん。寧ろ、ジャズ畑の翁のファンの方々はこのアルバムをどういうふうに聽いているんでしょうか。ちょっと興味ありますよ。