生首が燃えて轉がり、何も盜らない泥棒が平凡な民家に出没!
二階堂黎人氏が提唱されている本格推理小説論を理解する助けになればと購入した本作でありましたが、結局巻末に添えられている氏の「空前絶後の本格推理小説を求む!」の内容はよく分からず、これではアンマリなので息抜きにと本編の方に手をつけてみたのですが、これがなかなか面白く、それぞれの作品にばらつきはあるものの、石持浅海のデビュー前の作品「利口な地雷」が収録されていたりと思わぬ収穫があったりしてニンマリしてしまいましたよ。
取り敢えず以下、印象に殘った作品だけ取り上げてみたいと思います。
藤崎秋平の「風水荘事件」はポーの「赤死病の仮面」にはチと色が足りない天、火、地、水、風に色を塗り分けられた風水莊で起こった殺人事件。語り手は推理作家志望の男性なのですが、ショボショボとした語り口で事件の顛末を淡々と語ります。構成はいかにも犯人當て小説フウ乍ら、最後に語り手だけが置いてきぼりにされてしまうラストがうまく効いている佳作。
池月涼太の「お寒い死体」は警察二人の軽妙な語りで進む作品で、小説としての體裁、そして謎解きの明解さなども含めて収録作の中では一番纏まっています。雪の中に乘りすてられていた車の中には裸の男の死体があって、どうやら死因は刺殺。しかし車までの足跡は発見者のものを除いてほかにはなく、果たして犯人はどうやってこの殺人をなしえたのか、という謎かけを行いながらも、讀者の視點を微妙にずらした仕掛けが見事。また眞相が明らかにされる課程で展開される伏線の回収の妙と論理が光る作品です。何処となく泡坂妻夫や東川篤哉を髣髴とさせますねえ。これだけそつなく物語を書ける作者のことですからプロになっているのでは、と思うのですがどうなんでしょう。
深川拓の「情炎」は鮎川御大が紹介文で述べておられる通り、冒頭の人魂が階段を轉げ落ちる描写からのつかみも見事で、この怪異がめくるめく推論と論理で強引に展開していく樣が素晴らしい。完成度という點では先の「お寒い死体」が一番だと思うんですけど、好みでいえば本作ですねえ。硬質な文體と、何処か強迫的な雰圍氣を保ちつつ檢証と推論が最初から最後まで續く構成が堪りません。紹介文によれば作者は「幻想文学」にショートショートが掲載されたこともあるとのこと、この文体から釀しだされる作者の風格にも納得です。しかし自己紹介文に「創作ミステリも掲載されておりますので、暇の折りでもご覧くださいませ」といってアドレスを明示してあるものの、アクセスすると「File Not Found」のつれない返事。この作風から察するに絶對にプロになっていると思うんですけどねえ。
[追記: 12/22/05] ジョンソンさんからの情報で、深川氏の現在のサイトは「light as feather」で、「異形コレクション」などに氏の作品が収録されているようです。早速探して見たいと思います。ジョンソンさん、ありがとうございました!
飛鳥悟「丑の刻参り殺人事件」は、まずその奇天烈な死体の状況とバカミスすれすれのトリックが笑えます。アリバイものかと思わせておいて、最後にこのネタを開陳してしまうというおふざけに呆れつつも本格ミステリへの愛を感じます。
石持浅海の「利口な地雷」。既にこの頃から論理派の作風がシッカリと確立されていたということにまず驚きました。短編ということもあって、謎解きの論理は非常に單純ではありますが、作者の風格は十分に堪能出來ます。ただ、上の「情炎」などと比べると薄味に過ぎて、本作に収録された作品の中では沒個性に見えてしまうところが何とも。やはり氏の作品は長編の方がいいのかもしれません。
朝岡栄治の「お誕生日会」は誕生日会という暗闇の中で犯人は如何にして被害者を特定しつつ犯行をなしえたのかというところがミソなのですが、この仕掛けは讀んでいる間におおよそ察しがついてしまいました。しかし謎解きの部分も含めた最後の幕引きが洒落ていていい。
大友瞬の「鍵のお告げ―オニオン・クラブ綺談5」は好みでいえば「情炎」と竝んで好きな作品。毎朝起きてみると玄関の扉の鍵が開いている。しかし物取りが何かを盜んでいったようすはない、というこの「日常の謎」をオニオンクラブの面々がひとりづつ自分の推理を開陳していくという「毒入りチョコレート系」の秀作。もうこの推理が次々と飛び出してきては、それが事件の當人である中年の男にバッサリとダメ出しをされてはまた新しい推理が、……という構成が堪りません。そして鮎川御大ならぬ鯉川氏が飄々としたようすで眞相を喝破するという終幕も冴えています。この人もプロじゃないかというくらいに構成も含めて巧みなんですけど、今はどうしておられるんでしょう。
大森善一の「六人の乗客」はアレ系の香りも感じられる佳作で、これもかなり好み。女の「あたし」のモノローグで進むのですが、彼女は三ヶ月前、乘っていたバスが事故に遭遇し、その時、何者かに耳を切りつけられている。果たして今當に同じバスに乘って、自分を殺そうとした犯人を見つけようとしているのだが、……とサスペンス風に展開しながら、最後に明かされる眞相で物語が見事な反転を見せるあたり、オーソドックスではない構成ながら、鮎川御大はダメ出ししていません。御大にとってはこれも本格推理、ということなんですよねえ。二階堂氏の本格推理小説の条件に當て嵌めると本格推理ではないと思うんですけど、實際どうなんでしょう。ただ本作に収録された中では、「お寒い死体」や「 情炎」、「鍵のお告げ―オニオン・クラブ綺談5」と同樣、濃厚な本格魂をこの作品に感じてしまう自分にはやはり、二階堂氏の本格推理論は一生理解出來ないのではないかという氣もしたりして。
という譯ですべて素人の作品ながら、なかなか愉しむことが出來ました。自分は鮎川御大の時代も含めてこの「本格推理」シリーズは讀んだことがなかったんですけど、本作はなかなかおすすめです。二階堂氏が編集長になられてからの本シリーズにもちょっと興味が出て來ましたよ。しかしその一方でそこに収録されている作品群が盡く、二階堂氏が提唱されている本格推理小説とは似てもにつかないものだったらどうしよう、そうなるとますます頭が混亂してしまう、……という恐怖もありましてちょっと尻込みしていますよ。
まずもって氏の本格推理小説論もサッパリ理解出來ていないのに、氏が選んだ実作を讀む、という「練習問題」に當たっても意味がないでしょう、とも思うんですけど、しかしそういう「実践」を積んでいけば氏の本格推理小説論も少しは理解出來るようになるのかなあ、と考えたり。まあ、來年、本シリーズの新刊が出たら手にとってみたいと思います。
ジョンソンさん、ありがとうこざいます!さっそく見てきました。
表紙のデザインが自分のイメージしていた氏の作風とは異なっていて少しばかり引いてしまったんですけど(^^;)、「異形コレクション」で活躍されていたんですね。全然ノーマークでしたよ。早速探してみようと思います!