フリークス祭。
立ち居竝ぶ紳士淑女を前にして「うんこ!うんこ!」と喚き散らす惡戲坊主のごとき、もうタイトルだけでお腹一杯の超怪作「うんこ殺人」をはじめとして、鼻が男のナニになってしまった男の物語で、タイトルもそのものズバリの「陰茎人」などバカ系の作品がズラリと竝ぶ一方で、「フリークス」のトッド・ブラウニング、「ホーリー・マウンテン」のホドロフスキー監督も大推薦の(ウソ)「畸形国」や、忍法帖系の美しいフリークスの奇怪極まる殺人を叙情的な筆致で描いた怪奇ミステリの名作「蝋人」を収録。とにかく作者の才氣溢れる魅力を堪能しまくれる作品集であります。
本當は光文社文庫「怪談部屋 怪奇篇―山田風太郎ミステリー傑作選〈8〉」の方がボリュームもあって値段も安いし絶對に買い得なんですけど、とりあえず出版芸術社にはこれからも名作怪作の復刻を期待している自分としては、こちらの方を紹介したいと思います。
「蜃気楼」は火事で自分の子供を助けられずに殺してしまったと罪惡感に苛まれる男が主人公。もう出だしから砂丘に寢ころんだまま子供の鳴き聲の幻聽を聞いてしまうほどに心に傷を負ってしまった男が哀れではあるんですけど、「失火にあわてて猫を抱いて逃げ出した代わりに、可愛い子供を焼死させた父親」という設定が何とも微妙。
どうやらこの幻聽に惱む男とともにこの海邊に静養にやってきた友人というのもトラウマを抱えている樣子で、中盤、唐突にその話を始めたりと完全に構成は破綻しているように見えながら、ひとつひとつのエピソードもふるっていて飽きさせません。最後にこの友人がちょっとした仕掛けを使って主人公の憑き物おとしを試みるのですが、この幕引きも秀逸。
續く「人間華」は香山滋フウのマッドサイエンティストもので、病気の妻を持ったキ印の男が菌類の研究を極めて、死にゆく妻との間に究極の愛の結晶をつくりだそうとする物語。これをキ印の科學者の友人が一人稱で語るというのも御約束で、最後のグロテスク乍らも美しい死体の情景に魅せられてしまいます。
「手相」は惚れた女の母親が占いにかぶれたキ印で、彼女の家に遊びに行けば、この母親が可愛い娘の恋人の占いをしてみたくなるのは當然でしょう。そしてこれまた期待通りに占いの結果はトンデモないものでありまして、この母親は「あんたは短命だ」とバッサリ予言します。しかしその一方でこの母親はマイ占いワールドの専門用語を驅使しながら、もしかしたらあんたの命を救う方法があるかもしれないとかホザき、一晩考えさせてくれ、明後日の夜にもう一度會おうとと男に告げます。果たして占いの結果はどう出るのか、……滿月の夜の海を俯瞰するラストシーンが何ともいえませんねえ。
「雪女」は呪いの掛け軸に魅入られた男の物語。とにかく怪異の語りで薄氣味惡く盛り上げる前半と、呪いの正体や男の不可解な行動が推理によって解き明かされる後半とのギャップが素晴らしい佳作です。これはミステリとしても通用するでしょう。
「笑う道化師」は、 蘭郁二郎の超怪作「夢鬼」と同樣、曲馬團を舞台にしたバカ作品。「奇怪快絶! 世界的! 大猛獸曲馬団!」と金糸銀糸で縫い込まれた毒毒しい繪看板の掲げられたこの曲馬團でありますが、實際は馬が二頭に自転車乘りの猿が一匹だけというチンケさで、この曲馬團のブランコ乘りの女と不倫をしている私が語り手となります。このブランコ乘りの女性には金天狗の蟇次郎という亭主がいて、二人は笑い茸を蟇次郎に食べさせて笑殺させようとするのですが、これがトンデモない事態を引き起こします。因果應報を地で行くような結末が素晴らしい作品。
續く「永劫回帰」は正直シュール過ぎてよく分かりませんでしたよ。
「まぼろし令嬢」は性病を伝染して妻を殺してしまった男が主人公で、彼は娘に呼び出されて部屋に行くのですが、娘が死体となっているのを見つけます。しかしそのあと、すぐに娘の幽霊を見て、……とどうにも性病持ちのハジけた父親と健氣な娘のギャップが激しすぎる一編。
そしてついに待望の「うんこ殺人」となる譯ですが、正直このタイトルの素晴らしさに相反して、物語は滑りまくるユーモアが暴走するばかり、本作に収録されている作品の中では脱力系に属するものでありましょう。簡單にあらすじを纏めるとすれば、事故で死んだ強欲夫婦が地獄で審判を受ける話ということになるでしょうか。スラップスティック風の味つけで、スカトロを期待している御仁はちょっとガッカリ。
「陰茎人」はタイトルそのまま、鼻が男性のナニになっている男の物語で、フリークスを主人公に据えた話ながら、「うんこ殺人」と同樣、全編脱力系のユーモアに溢れていてすらすらと讀めてしまいます。鼻がナニだっていうことで、男は終始マスクをつけており、それが妻にもバレていないというのも不思議なんですけど、この男のフリークスぶりが最後は宗教にまでブチ拔けてしまうという強引な展開が光っています。
續く「二十世紀ノア」と「冬眠人間」は作者らしい脱力感と莫迦莫迦しさが全編に溢れるSF物語。アメリカがマーシャル諸島で行った超水爆実験で、日本全土に放射能が溢れまくり大パニックに陷る、……かと思いきや、どうにもほのぼのとした日本人の情景がマッタリと描かれます。それでいながら最後には薄氣味惡い奇形兒が生まれて不穩な未来をバッサリと広げたまま唐突に物語は終わりるあたり、當に脱力系の本領発揮といったところでしょうか。
「冬眠人間」の方は冬眠藥が発明されて、發明者の周圍の人間たちがそれを用いてドタバタな喜劇が展開されるという話。皮肉の效いたラストがいい。
續く「双頭の人」からはお待ちかねの大フリークス祭でありまして、岩井志麻子の某作を思わせる「絶世の美女」に魅入られてしまった男の話。醜女の女醫にプロポーズをする男でありましたが、その前に病院内でチラと見かけた絶世の美女のことが氣になっています。この男、「女は顏じゃない」みたいなことをいっているのですが、醜女はそんな男にあるテストをすると持ちかけます。果たしてそのテストというのは、……という展開。
美女の正体が明らかになるとともに、テストに破れ、女に恐ろしい呪いをかけられた男の最期が慘すぎます。何故この呪いでアソコ「だけ」があんなふうになってしまうのかというツッコミは御法度でしょう。とにかくこの呪いだけで、テストに破れた男が盡く自殺を遂げたという理由も頷けます。これは男じゃないとこの恐ろしさは今ひとつピンとこないかもしれませんよ。女性の前では綺麗事ばかりをいっているドンファンに讀ませて恐怖のドン底に突き落としてあげたくなるトラウマ恐怖小説の佳作です。
本作収録の中で一番ハジけているのが續く「畸形国」でありまして、佝僂の大富豪、そしてその妻、兎唇の家政婦の三人が物語のキモで、何よりも前半の兎唇フリークスの家政婦の台詞とその描写がキツ過ぎます。さらには佝僂の醜男と兎唇の家政婦が逢い引きをしている現場を見つけてしまった妻が激昂して、フリークスの家政婦をネチネチと言葉責めする場面も強烈。
後半、佝僂の大富豪と兎唇の家政婦に導かれて畸形の王国へとたどり着くシーンは壓卷でしょう。ドノソの「夜のみだらな鳥」を髣髴とさせる價値觀の転倒が素晴らしく、マリア観音の「二つ目小僧」の歌詞、「一つ目の国では何時だって 二つ目は異常さ 片足びっこ引いたところで 二つ目は異常さ」を地で行く展開から引き起こされるカタストロフと、冒頭のプロローグで用意されていた伏線が回収される幕引きもいい。ラジオで朗読をやったら放送禁止用語のオンパレードで確実に左卷きの方からの苦情が殺到しそうな物語でありますが、衝撃度という點では本作に収録された作品の中では一番の出來でしょう。
「黒檜姉妹」は、平家の落人の末裔が暮らす集落の調査にやってきた男が、蠱惑的な美女に魅入られてしまうという物語。また例によってこの美女というのがフリークスでありまして、醫者でもある男は愛犬をこの美女にけしかけて狂犬病に罹ると偽り、自分が治療を買って出るという作戰をたてるのですが、何と擬装のつもりが、女にけしかけた愛犬が本當に狂犬病に罹っていたというからさあ大變。お屋敷の彼女に治療を施すうちにフリークスの正体を知ってしまった男はしかしその魅力に抗しきれず、ついには破局を迎えてしまうのですが、下男の佝僂もいい味を出していて、哀しい結末が複雜な餘韻を引き起こします。
そしてラストを飾る「蝋人」もフリークスの女性に魅入られた男の物語です。額には十字架が置かれ、鮹のように突きだした唇には朝顏が添えられた奇妙な死体が見つかるところから始まります。窓には鐵格子が嵌められてい、男を窒息死させてから脱出することは不可能。さらに犯行時、住人は「アメン・デウス」という女の祈りの聲を聞いたというのだが、……。
こちらのヒロインは骨がなくなる奇病に罹った女性でありまして、犯人と犯行方法は女の奇病が明らかにされた時點でバレバレです。寧ろ本作はどのような経緯で、このフリークスの女性が男を殺してしまうに至ったのか、その動機が明らかにされるところが白眉でありまして、本作の場合、フリークスの女に、これまた御約束の佝僂の兄を据え、そこへ隱れキリシタンの風味を添えたところが秀逸。死体を見つけた前半を過ぎてから、例によって殺された男の手記が見つかり、物語はこの男の手記の形式で進みます。
しかしこの男のサディストぶりに反して、敬虔な隱れキリシタン教徒であるフリークスの女性の健氣さがいじらしい。そして何故死体の額に十字架が添えられていたのか、その理由が明らかになるとともに、男を殺してしまった彼女と兄の佝僂が「秋風深き房州の海辺」を行くラストシーンの餘韻の素晴しさ。千街晶之氏も「怪奇幻想ミステリ150選」で書いていましたけど、京極夏彦のあの作品はこのラストシーンに触発されたのではないでしょうかねえ。この美しさともの哀しい兄妹の行く末を案じながら幕引きとなる終幕だけでも本作は傑作といえるでしょう。
という譯で、樣々な作風の短篇がギッシリと詰まった本作、山田風太郎初心者は勿論のこと、香山滋や蘭郁二郎ファン(いるのか?)など、昔の怪奇探偵小説マニアにも自信を持ってお薦めできる作品集です。特に「畸形国」と「蝋人」は必讀でしょう。