ついに出たッッッッッッ!韓流ミステリ。
テレビをつければ韓流ドラマ、韓流音樂。映畫館に行けば韓流映畫。本屋に行けば韓流特集の雜誌や韓流ムックばかりがミッシリと平積みになっている今日この頃。勢いをいや増すばかりの韓流ブームをさらに盛り上げるべく、新本格の總本山、メフィストが韓流ミステリをついにリリース!
……って自分が書いても全然説得力がないですねえ。
まあ、そういう譯で以下の内容は、こんなフウに「未曾有の韓流ブーム」を斜めから見ているミステリマニアの戲言と思って聞き流していただければ幸いです。
あまりに凄い内容だったので、この作品は取り上げないようにしようと思ってたんですよ。だって本作は鮎川哲也賞を受賞した譯でもないですし、自分がこのブログでイチャモンをつける理由もない譯で。しかしふとジャケ裏を見ると、作者いわく、
社会性と娯楽性、この二つが両立した小説が好きでした。殘念ながら、こういった描き手はそう多くはないようです。だったら自分が読みたいものを妥協せずに描いてみようと。そうやって苦しみ拔いて、この小説はできあがりました。みなさんの厳しい目で、志の高さ、を確かめてください。
「みなさんの厳しい目で、志の高さ、を確かめてください」なんていわれちゃったら、やはり一介のミステリマニアとしては何かいわないといけないかなあ、いや、いってほしいんだろう、だったらいわなきゃ、と思いますよねえ。
更に本作は驚くべきことに、「韓国翻訳版も同時刊行」とのこと。これは凄いですよ。新人の處女作がいきなり海外でもリリースとは、これはもう尋常ではありません。メフィスト編集部、そして講談社を挙げての、「勢いの留まるところを知らない韓流ブーム」を更に更に盛り上げていこうぜッという意気込みがビッシビシと感じられるじゃありませんか。
更にジャケ帯の裏にはもうひとつ作者の言葉も添えられておりまして、
はじめまして、森山赳志です。
すべての謎、登場人物の葛藤などがひとつの事柄へ集約していくよう、ミステリの仕掛けを施してあり、クライマックスにそれらを踏まえたサスペンスも用意しています。この手の小説は嫌いだ、という方も、プロローグの一行だけでも読んでみてください。そこからすでに謎(トリック)ははじまっています。
最初の一行からトリックが仕掛けられているっていうんだから、「讀者を前代未聞、驚愕のトリックで吃驚させてやりますよッ!」という作者の自信の程がガンガンと傳わってきます。
さて、作者は「社会性と娯樂性、この二つが両立した小説が好き」で「殘念ながら、こういった描き手はそう多くない」と嘆いています。例えば中井英夫の「虚無への供物」(嗚呼、今日はこの作品を再讀してまったりと過ごす予定だったのに……)、水上勉の「飢餓海峽」、松本清張の「砂の器」、清水一行の「動脈列島」、……以下面倒なんで作者の名前だけ挙げていくと、笠井潔、島田荘司、逢阪剛、船戸与一、山田正紀、谺健二、……と自分なんかはいくらでも思いつくんですけど、作者にしてみればまだまだ足りないと。そういうことなんでしょう。期待させてくれるじゃありませんか。
さて物語は目次のあと、いきなり或る書物からの引用で幕を開けます。
過去にあった事実は恥ずべきものとして隱蔽することのできるものでなく、誇るべきとして誇張することもできない。それは虚言で歴史を飾ることはできないからである。
国定「韓国歴史教科書」序文より
コ、国定の、それも、カ、カ、韓国歴史教科書、ですかッ!いきなり凄いですよ。この引用からしていきなり自分の頭ン中では赤いサイレンがファンファンと警告を發し始めたんですけど、とりあえず先に進みましょう。何しろ作者曰わく「プロローグの一行だけでも読んでみてください。そこからすでに謎(トリック)ははじまっています。」っていうんですから。さて、このトリックが仕掛けられたプロローグの一行目もついでに引用しておきましょうか。
まったくなんてことをするんだ。これから、大事な時期をむかえようとしているのに。
ここに前代未聞の、驚愕のトリックが仕掛けられているんですよ。とあれば以下に續く文章の一文たりとも疎かには出來ません。恐らくこれはアレ系だろう、とアタリをつけて自分は讀み始めることにしました。
受刑者と刑務官の思わせぶりな(惡くいえば意味不明)會話のあと、物語は「四月十三(月曜日)~十四日(火曜日)」という章題のついたところから始まります。舞台は福岡。ここでは本作の主人公となる日本人のことがいろいろと語られ、すぐ次節に移ると、名前のない男が地下鐵に乘って追跡者から逃れるシーンが挿入されます。本作ではこのように節を分けて、或いは空行を添えただけで何の説明もなく、違う舞台の登場人物の行動が次々と語られていくので、登場人物の名前をシッカリと把握しておかないと混乱します。
この主人公には友達がいて、日本人同士でも「オレガンマニダ」なんて韓国語の挨拶をしたりするんですけど、この大學の學食で彼らは一人の美女を見かけます。この美女は背表紙にハングル文字でタイトルが書かれた本を讀んでいたりするんですけど、ここでは本のタイトルがまんまあの記號めいた意味不明のハングル文字だけで書かれており、日本語の説明はありません。從ってこの美女が何という名前の本を讀んでいるのかは分かりません。もしかしてこの本もトリックですか、というフウに考えながらも日本語の説明がないので、ハングル文字は讀めない韓国語も分からない自分はどうしようもありません。とりあえず先に進みます。
この學食のシーンのあと、再び地下鐵の場面で出ていたと思われる男のシーンが挿入され、そのあとすぐさま今度は主人公の親族が亡くなってしまって彼は今一人でいることが語られます。彼は祖父のすすめもあってテコンドーを學び、大學では韓国語学科で韓国語を勉強しています。要するに韓国フリークな譯ですよ。
で、そんな彼が墓參りに行った靈園で、先ほどからチラチラと登場していた謎の男に出會います。彼は瀕死の重体で、鍵と或る男の名前が書かれた名刺を渡し「これを……ダイトウリョウに渡してほしい」という片言の日本語で主人公に語りかけます。彼が勉強している韓国語で、「わかりました(アルゲッソヨ)。大統領(テートンニョン)に渡します。それでいいですね」というと、男は「カムサハムニダ」といって絶命。
ところでここで注意したいのは、このシーン、主人公は一體何語で話していたのか、ということでありまして。というのも、本作、このあとも度々韓国語の台詞がカタカナで表現されて、或るときは韓国語まじりの日本語だったり、或いは日本語で簡單な台詞が書いてありながら、「……と韓国語でいった」と地の文で書かれてあったりと、いったいその会話は韓国語なのか、それとも韓国語まじりの日本語なのかか判然としないんですよ。
更に韓國人の登場人物の名前も、蔡というふうに漢字で書かれてあったり、或いは蔡(チェ)というかんじでルビがふってあったり、はたまた別のシーンではチェというカタカナだけだったりとバラバラ。更には、漢字が違って名前の讀みが同じチェという男のことが途中で言及されたりするものですから頭がグルグルしてきます。
いったいこのチェという男はどのチェなのか、或いはこれもアレ系のトリックで、実は物語の舞台は讀者の知らない間に南米に移っていたりするのか、と、作者が蔡、チェ、蔡(チェ)とかき分けている理由を色々と考えたりもしたのですが、讀み終えたあとも結局分かりませんでしたよ。
もうこのあたりを追いかけるだけで、本作、非常に苦勞します。いっそのこと、名前は全部カタカナで統一してくれればもう少し讀みやすくなったと思うんですけどねえ。というか、こういうのって致命的なミスではないの、とツッコミを入れたくなってしまう譯です。文章作法に五月蠅い二階堂氏であれば即ダメ出しでしょう。
さて、大統領に渡してほしいと突然いわれても、普通の人だったら何が何だかな譯ですが、この小説の主人公は冷静に考えます。韓国に行って大統領にアポなしで突撃、ということも考えたりするのですが、流石にそれは無理とすぐに悟ると次に行ったのは何故か本屋。韓国語の勉強の為に讀んでいた或る韓国の作家の著作を探すのですが、韓国語版は見つかりません。そのまま家に歸るのかと思いきや、何故か主人公は日本語に翻訳された邦訳版を購入して公園に向かいます(何故韓国語の勉強の為なのに翻訳ものを?)。
その本を讀み終えると(おや?この本と男の渡した鍵にはどういう伏線が?)、次に主人公は名刺に書かれていた男を訪ねていくのですが、この男というのが名前の知れた地元暴力團のヤクザ。普通だったらビビッてしまうんですけど、この主人公は何しろテコンドーの猛者という設定でありますから、とりあえず歡樂街の適当なビルを見つけてそのなかの一つに飛び込みます、……ってあまりに計畫性がなさすぎやしませんか、というか、男が殘した鍵と名刺からホームズ風の推理が開陳されるのかと思いきや、何しろ本作の主人公は論理派推理派というよりは、肉体派。グタグタ考えている暇があったらまず行動です。
そしてボッタクリフウの怪しげな店に入るなり、男の名前が書かれた名刺を見せて、この男を知らないか、とか探りを入れていくんですけどなかなか成果は上がりません。當たり前だろッ、お前計畫性なさすぎだよ、と讀者がここでツッコミを入れても小説世界の主人公にその声は届きません。
あまりにシツこい主人公に、しまいにはブチ切れた店の男が毆りかかっていきます。ここですかさずテコンドーの必殺技、踵落としが炸裂!男はどうにか體を交わして避けましたが、再び主人公が男の鼻面に蹴りを喰らわせると、男は鼻から血を流しながら、「でべぇ!」(いや、本當にそう書いてあるんですよ)と呻き聲をあげてノックダウン。もうこうなったらやるしかないッッッッ!と主人公は用心棒たちを得意のテンコドーでバッタバッタと倒していくのですが、……主人公、いくら何でもハチャメチャですよ。
……ってこれだけでまだ物語の十分の一も紹介しきれていないんですけど、やはりこの作品のレビューは二つのエントリに分けた方がいいですかねえ。長くなりそうなんで、とりあえず續きは次に書こうと思います。
とにかくこの作品、終始こんなかんじで登場人物たちが意味不明な振る舞いを行い、それをカットバック入れまくりの構成でズラズラズラズラーッと書き毆っていくものですから、物語の進行を追いかけるだけでも大變なのです。皆樣が本作に取りかかる時の一助になればと思い、ここはジックリと物語の展開を纏めていくことにしましょうかねえ。という譯で、以下次號。