傑作。當に頭をガツン、と後ろから毆られたというかんじです。
アレ系という話も前々から聞いていたし、本來であればリリースされた時にすぐ讀んでおくべき作品だった譯ですが、どうにも機会を逸しておりました。何だかここ最近、某処(バレバレ)にて某作品(これもバレバレ)と絡めて本格ミステリの定義云々で色々と議論されているということもあって、早速ゲットして讀んでみましたよ。
で、結論からいいますと、本作、アレ系ミステリの一つの完成形として高く評價出來る作品ではないかと。
物語は第一章から「教師」と「刑事」という二つの視點で進みます。第一章の「教師」のパートでは教師が自宅のマンションに歸宅すると妻がいなくなっている。妻との仲はあまりうまくいっていなかったということもあって、彼はついに彼女が出て行ったと思うのですが、やがて自分が勤めている学校に刑事が妻のことで訊ねてくるに至って、もしや妻に何かあったのではと焦ります。その前に妻を訪ねてきた女性がおりまして、彼はその女性を訪ねていくのですが、この女性というのがとある新興宗教にハマっていて、自分の妻もまた「救いを求めていた」ということが女の口から明かされます。
續く第二章は「刑事」のパートで、強面の刑事の妻がラブホテルで死体となって発見されます。その後は中盤まで「教師」と「刑事」の場面が相互に交わることもなく進んでいくのですが、この構成でまず頭に思い浮かぶのは、そう、……アレ系の傑作「慟哭」ですよねえ。宗教が絡んでいるあたりもまたいかにも怪しく、自分もかなり慎重に讀み進めていったのですけど、中程で教師と刑事の二人はこの新興宗教の施設で出會い、その後は二人が協力してこの胡散臭い新興宗教に探りを入れつつ、刑事は自分の殺された妻のことを、そして教師の方は失踪した妻のことを探っていくのです。おや、「慟哭」じゃありませんよ。
どうも「慟哭」のようなアレ系の仕掛けがないと分かると後はスッカリ油断してしまいまして、その後はさして疑うこともなくスラスラと進めていったのですが、教師の妻が或る場所に隱れていることが判明し、そのすぐ後に刑事の妻と同じ死体で発見されるに至って物語は急展開、意外な人物が探偵として登場し、刑事の妻、そして教師の妻を殺した犯人が明かされます。
で、ことここに至ってすっかり作者の術中にハマってしまっていたことを悟った譯です。これはすっかり騙されました。
この作品の優れているところは、アレ系であり乍ら、それ特有のエグい仕掛けがないところでしょうか。唯一つ、作者が作爲を以てあることを行っているのですが、これとてもトリックというよりは、普通のミステリでいう伏線の意味合いに近く、「仕込み」といった方がいいでしょう。
更に讀者が知り得ない事実は同時に作中の登場人物たちもある事情で知り得なかったことでありまして、これが最後にワッと明かされるから吃驚してしまう譯です。しかしはじめから讀み返してみれば、上に書いた「仕込み」が效いている為に作者は何も隱していないことが明らかになるという周到さ。
この「仕込み」がなければ、犯人が明らかになったさいに驚きはあってもここまで吃驚はしなかったと思うんですよ。というのも、……ネタバレするんで文字反転しますが、この驚きというのは要するに、
物語の中で進行している時間をさして氣にも留めずに最初の一章からそのまま讀み進めていけば、第二章「刑事」の場面で被害者が死体となって見つかったあと、次の第三章で被害者は別の人物と出会っている描写が出て來るので、
讀者としては犯人が明らかにされた瞬間、
その被害者が刑事と教師の雙方に關係していた人物であることに驚きつつも、「しかしそれはありえないでしょ。何故なら被害者が死体となって見つかったあと、次の章で……」
と訝りつつ、再び頁を戻り、
第二章と第三章の冒頭に触れられている日付を確かめてみて、
これが作者の「仕込み」であったことを知るに至り、その周到さに驚くという仕掛けです。
自分的には新興宗教を絡めたり、刑事と教師のパートを併行して語るという「慟哭」フウの構成を裝うことも、作者の企みのひとつだったのでは、などと考えるのですが實際のところどうだったんでしょうねえ。
という譯で、作者が仕掛けた大袈裟なトリックもなけりれば、登場人物たちも讀者と同樣に或る重要な事実を知り得なかったという點で、アレ系の驚きを持った作品であり乍ら周到な「仕込み」が凝らされているという點で、これはアレ系のひとつの完成形と評價出來るのではないか、と思った次第です。
トリックがない譯ですから、論理的に犯人が明かされるということもありません。探偵はある方法で逐一犯人の行動を把握していたということもあって、ミステリ的な手法など用いなくても、容易に眞相に辿り着けた譯です。アレ系云々よりも、この探偵のエグさが光っていますよ。
本格ミステリのフェアプレイ云々とかそういうコ難しいことはよく分からないんですけど、とにかくトリックらしいトリックもないのに、ひとつの仕込みだけで大きな驚きをもたらす仕掛けを持っているという點で、本作は評價できるのではないでしょうか。
今年のミステリの収穫として讀んでおくべき作品でしょう。まだの方は是非。
はじめまして、しばらく前から拝読してたのですが、今回初めてコメントさせていただきます。
僕は本作をアレ系とは知らずに読んでたんですが、仮にそれを意識して読んでたとしても見事に騙されたかもしれません。
そいえば「殺戮に至る病」にも引っかかったしなあ…基本的にミステリは「上手に騙してほしいなあ」と作者に期待しつつ読んでいくほうで、細かい描写やなんやらを読み込まずにいるからでしょうね。
個人的には、次作で教団が崩壊するさまを書いてほしかったりするんですが、そういうこと希望するのってひねくれてますかね。
あるまじろさん、こんにちは。
自分も犯人を當ててやろうとかそんな細かいことを考えずに讀んでいます。まあ、本作の場合、細かく讀んでも絶對綺麗に騙されたと思います。
本作、「殺戮」と比較されて、今ひとつパンチが効いていないとかいう感想も目立つんですけど、自分としては「殺戮」の(仕掛けとしての)エグさも捨てがたいものの、本作はあの作品とは違って、アレ系の仕掛けをいかに綺麗に決めるか、ということに注力された作品だと思っています。だからアレ系ということで比較したくなるのは分かるんですけど、この作品はこの作品として大いに評價しています。
次作で教團の崩壞する樣となると、シリーズものですね。そうなると今回探偵役だったあの人物が今度は犯人役になる譯で、だとすると「叙述ものでアレ系」という面白い作品になりそうですよ。ちょっと期待してしまいます。