ミステリの仕掛けよりもその謎の幻想性を主題に据えた作品ということで、以前も取り上げた「湖底のまつり」や「妖女のねむり」、そして「斜光」や「弓形の月」の系譜に属する作品ととらえることが出來るでしょうか。
とはいっても上に挙げた作品の中ではもっとも短く、長編というよりは中編ほどの作品ですから、精緻な論理や伏線の妙を期待するより、この物語の展開から釀し出される幻想性に浸った方が愉しめると思います。
物語の冒頭、神社でどんど焼きをしているさなか、燃やそうとしていた行李から曰くつきの人形が見つかります。それを契機として事件が始まるというあたりは「妖女のねむり」を髣髴とさせますが、あちらは浪漫的な雰囲気のなかで転生の謎を徐々に解き明かしていくという展開でありました。しかしこちらの謎はというと、淨瑠璃人形の呪いと穩やかではありません。
主人公の泰江は小学校の教師で、どんど焼きのときに見つかった人形をきっかけに、かつて教え子だった繁雄という男性の妻が立て續けに二人も亡くなっていることを知ります。彼の家は代々が目岩一刀彫の彫工で、その人形というのは、どうやら繁雄の家から捨てられたものらしいことを突き止めます。
行李のなかにその人形とともに入っていた文書にはその人形の曰わくが語られており、泰江は教え子だった女性とともにその人形の曰わくを少しづつ解き明かしていきます。果たして繁雄の妻が續けて二人も亡くなったのはその人形の呪いなのか、或いはそれは繁雄が殺したのか、……何だか後半の方は京極夏彦のあの作品を連想させるような設定なのですが、本作の眞相は京極夏彦というよりは乱歩のアレでして、京極氏の某作品のように世界がぐるりとひっくり返ってしまうような衝撃はありません。それでも全編にうっすらと幕をはっている靄のようなものが不可思議な風格を全編に漂わせていて、浄瑠璃人形や彫工といった職人世界を舞台に据えながら、作者が得意とする手品の品まで開陳して、獨特の世界をつくりだしているのは流石でしょう。
やがて泰江とともに、その人形の曰わくを調べていた女性も繁雄に惹かれていき、ついには結婚します。しかし彼との結婚を境に、彼女もまた日に日に衰弱していき、ついには亡くなってしまいます。こうなるともう、讀者としては繁雄が怪しすぎる譯で、絶對に彼が殺しているんだろ、と考えてしまうのですが、その着地點はミステリのそれではなく、乱歩フウの幻想小説の方に大きく傾いています。
という譯で作者のこの系譜の作品のなかでは一番ミステリの結構からは外れておりまして、伏線の妙やいつものロジックの冴えを期待すると完全に肩すかしを喰らってしまうので御注意の程を。個人的にはこういうのは嫌いじゃないです。
ジャケのあらすじには「謎と官能に彩られた男女の異形の愛を描き出した禁断の恋愛ミステリー」とあるのですが、小学校の女教師と生徒という組合せは確かに「禁断」ではありますが、「斜光」ほど「禁断」の領域に踏み込んだ作品という譯でもありませんし、「官能」という點では「湖底のまつり」のエッチぶりには及ぶべくもなく、……と小粒であるが故に不満も多いのですが、上に挙げた作者の作品をすべて讀破してしまったという方には手にとってみることをおすすめします。