寿行ワールドというと、ジーパンをはいた人妻を後ろからアレしたり、グラマーな若い女性を監禁してアレしてコレして、……とどうにもそういったハードでエロスなイメージばかりが先行していて、氏がホラーや恐怖小説の分野においても一流の書き手であることはあまり知られておりません。
ハードエロスだけじゃない、人間心理の不氣味な闇を書かせても一級の作品を仕上げてみせる。そんな寿行センセのホラーと恐怖のエッセンスが光る短編集がこれ。タイトル作にもなっている「双頭の蛇」を含めた全五作ともに人間の狂氣と偏執ぶりがブルブルの恐怖をあおり立てる傑作ばかりなのですが、特に今回皆さんへ強力にリコメンドしたいのが、冒頭を飾る「狂った夏」であります。
人間誰しも嫌いなもの苦手なものっていうのがあると思うんですよ。例えば蛇。例えば蜥蜴。しかしイヤなものの代表格といえばやはり蟲ですよね。映畫でいえば、大ぶりのゴキブリがブンブンと飛んできて人間を襲う「燃える昆虫軍團」(ウイリアム・キャッスル!)、ミミズとゴカイの大群が画面を眞っ茶色に埋めながらウジャラウジャラと暴れ回るパニックホラーの怪作「スクワーム」。
小説に目を向ければ大量の人喰いナメクジがヌルヌルグチャグチャと人間に襲いかかるシヨーン ハトスンの「スラッグス」。このあたりはマストとして、ゴキブリ、ミミズ、ナメクジと同じくらい、いやそれ以上に気持ち惡くてタマらないものといったら忘れちゃならないのは、……そう、毛蟲ですよ。そして毒蛾。
本作「狂った夏」はそんな毛蟲と毒蛾が大嫌いな紳士淑女の方に是非とも讀んでいただきたい作品なのであります。
寿行センセの蟲ものといえば、大量の蝗が東北を襲うパニック小説の大傑作「蒼茫の大地、滅ぶ」が有名な譯ですが、本作は人間の狂氣とツッコミどころが満載のB級テイストが素晴らしい短編でありまして、物語の舞台は長野県は茅野。例年になく暑い夏に巡査のひとりが失踪します。で、その失踪した警察官の兄が本作の主人公でして、この男ってのが牛と鶏を育てて生計を立てている根暗の偏執狂。そんな男が弟を殺した(と思いこんでいる)ヒッピーたちをメチャクチャにしてやるという復讐譚なのです。
過疎に惱む茅野町は、戰場ヶ原でヒッピーたちが始めた男女入り亂れてのエロ集會を公認して、この祭を町興しに観光客を呼び込もうと毎年夏にはヒッピーたちの自治組織二十人委員会の主催で「若者の原点 裸祭り」が行われます。
で、この兄は「あいつら二十人委員会に弟は殺されたに違いない」と早トチリして戰場ヶ原に屯している若者たちに殴りこんでいきます。戰場ヶ原にいるヒッピーたちはグループの名前を大きく記した幟をたてていまして(戦国武将かい!)、集團の名前が「グループ サタン」というあたり、このあまりにベタなセンスが素晴らし過ぎます。
このグループサタン、確かにマリワナをやっているようだし、大音量でロックをかけては踊り狂ったりしていかにもヒッピーっぽいのですけど、その風體というと、どうにもブラックエンジェルズというか、永井豪センセの「バイオレンスジッャク」ワールドというか、そんなかんじなんですよ。寿行センセの年代からすれば、ヒッピーも暴走族もロッカーもおしなべて「狂った若者」のカテゴリに收まってしまうのでしょう。
で、上半身素っ裸の屈強な男に、兄は弟を殺しただろうと詰め寄るのですが、ヒッピーたちは當然のごとく「何のことだい。知らねえよ」とすっとぼけます。挙げ句にはこの兄を縛り付けて、その目の前で男と女は卑猥をダンスを始める始末。屈辱にうちふるえる兄は復讐を誓います。
この時に知り合ったグループのリーダのスケに兄は一目惚れしてしまうのですが、陰気な兄は當然のことながら鬱屈したこの気持を素直に表すことは出來ません。
そして裸祭りが始まり、この兄は闇に紛れてコッソリと夜の祭を見に行きます。で、この若者の祭典裸祭りでありますが、參加する男は褌、女はビキニを着用することが義務づけられおりまして、そんな恰好で大音量のロックに踊り狂い、その中でめぼしい異性を見つけたカップルたちが森のなかに消えていくという按排で、まあ要するに祭にかこつけた乱交パーティというのが本當のところ。
祭の夜だけは町の人妻も思いきりハメを外して外からやってきた若い男と交わることを男たちも黙認しておりまして、こういう町の爛れた風習にこの兄はメラメラと義憤を感じつつ、その癖何で自分はそのおこぼれにあずかれないんだ、とムラムラしている譯です。
で、祭の夜、かつて自分が好きだった女(人妻)が若い男をつかまえて森の中に消えていくのを目撃してしまった兄はついにブチ切れて、この祭を、若者をぶっつぶしてやると誓います。
そんな兄が始めたのが山に入っての昆蟲採種。昆蟲といってもムシキングじゃありませんからそれがクワガタカブトムシである筈もなく、彼が大きな籠を背中に背負ってセッセッと採種に勵んでいるのは、Euproctis flava、俗稱ナミドクガ。
この毒蛾の飼育にリフォームした部屋の描写がこれまた凄いんですよ。
部屋に入ると、部屋全体がカッと黄色く染まっていた。壁も、天井も、窓ガラスも、あらゆるところが黄色く染まっている。
……見ていると壁が搖れ、天井が搖れる錯覺が襲う。それは部屋を埋め尽くした黄色の生物が動くからであった。……
でこの毒蛾が卵を産み付けて今度は毛蟲がワシャワシャと生まれてくる譯です。部屋の床天井壁窓ガラスすべてをウジャラウジャラと埋め盡くした毛蟲の描写がこれまた全身が泡立ってしまうくらいの素晴らしさなんですけど、このあたりは是非とも本作に當たって皆さんの目で直接確かめていただきたいと思います。
そんなふうに手鹽をかけて育てた毒蛾が夏になってワンサカ生まれるといよいよ祭が始まります。その前に兄は昨年自分に屈辱を味あわせたチームサタンの首領と女を家に呼んで、ある企みを行うのですが、この描写もまた凄すぎです。彼の復讐方法、……だいたい皆さんも想像がつくかと思うんですけど、まあこれも皆さんの目で確かめて頂きたいと。
そして最後、家をドンガラ壊して、毒蛾がたちがいっせいに祭典の會場へと飛び立っていくシーンの凄まじさ。
毒蛾の群れが襲うのは戰場ヶ原だけではない。明日になれば、町を襲う。町は壊滅状態になろう。それが五、六日は続くのだ。
数十万匹の毒蛾は、やがて、卵を産みつけて、死ぬ。来年も再来年も、毒蛾はこの町の周辺で大発生する。それは動かぬ。
もう二度と夏は来ない。
妹背は、狂騷音の疾り流れてくる夜空をみつめて、動かなかった。
毛蟲が大嫌い、毒蛾がパタパタと飛んでくるだけで悲鳴をあげてしまう、……そんな皆さんにおすすめしたい蟲もの恐怖小説の傑作でしょう。
そのほか、マンションの隣に越してきた變質者に苛まれる夫婦を描いたタイトル作「双頭の蛇」も、イヤな方イヤーな方へと流れていく展開が素晴らしい傑作。恐怖小説として最後のオチも見事に決まっています。
奇妙な因習に従って山奥の寺を訪ねたきり失踪してしまった人妻を捜す男たちの恐怖を描いた「まぼろしの川」は、物語の展開に紛れ込ませたミスディレクションが最後のどんでん返しとなって素晴らしい效果をあげている佳作。
「荒野の女」は処女のまま殺人を犯し、取り調べ中に舌を噛んで自殺した中年女の過去を探っていく物語。まあこれだけは全編寿行節溢れる変態物語でありまして、ミステリ的な要素はありません。いかにも寿行センセらしい偏執っぷりに、一般人を寄せ付けない貫禄さえ感じさせます。
そして最後の「呪術師たち」はさながら藤子Aセンセを髣髴とさせるブラックな味が際だっている短篇。寿行センセらしからぬ黒いセンス、黒い笑いにエロはなし。本當に樣々な作風を持った作家だなあと感心してしまいます。
そんな譯で全編期待に違わぬ捩れまくった寿行ワールドがテンコモリの本作、ハードバイオレンスだけじゃない、人間の狂氣と偏執ぶりが炸裂する珠玉の短編を味わって頂きたいと思います。おすすめ。特に「狂った夏」は必讀でしょう。
【ドキドキの初参加!】LCNボランティア01
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