第14回鮎川哲也賞といえば、悪夢のような凡作「鬼に捧げる夜想曲」がチラチラと頭の片隅を過ぎってしまい、同時受賞となった本作を手に取るのを躊躇らってしまうのはどうしようもなく、……という言い譯はおいといて、とにかく「夜想曲」の方があまりにアレな出来榮えだったので、本作もまあ同じようなもんだろうとずっと後回しにしていたのですよ。
それでもとりあえず讀んでから評價しないことにはフェアじゃないということで、ぱらぱらと頁をめくってみると思いのほか讀みやすそうだったので一氣に片づけてみることにしました。
結論からいうとなかなかの出來です。「夜想曲」と比較するのは勿体ないくらい。何というか女流作家らしい、女性の内面のエグさがこれでもかというくらいに描かれてい、特に女性達が一堂に会して眞相が暴かれるところのいやらしさは壓卷です。
物語の殆どの部分で狂言廻しをつとめるのは麻実という女性で、彼女は登場人物のなかで唯一まともな人間であります。ほかの連中はどうにも一癖もふた癖もある輩ばかりで感情移入が出來ません。まあ、中盤で殺されてしまうレストランのオーナー、一条哲は麻実と同じ普通人としての雰囲気を漂わせているのですが結局アレだったことが後半で明らかになるし、何ともそういう點では気が重くなるような物語です。
物語は新進画家麗子の個展で、麻実や一条という美大の同級生が再會するところから始まります。
そこで麻実の連れだった由加が麗子の描いた「汝、レクイエムを聴け」という作品を前にして「あなた、主人を知ってるのね。どこへやったの、あのひとを」と麗子に突っかかっていきます。麻実を含めてその場にいた皆は由加が何をいっているのかサッパリ分からないのですが、麻実が後に彼女から聞いたところによると、数年前に失踪した由加の夫はこの繪に描かれているものと同じ文樣を背中に刺青として彫り込んでいたという。
麻実が麗子にその文樣のことを質しても知らないの一點張りで、麗子は「あの女は狂っている」と由加のことを狂人呼ばわりするばかりです。しかし麗子も何か隱していることが感じられ、果たして由加の夫の背中に彫られていた刺青と麗子が描いた繪にはどんな秘密が隱されているのかという謎がここで提示されます。
それと同時に由加の夫が失踪した状況が語られるのですが、この不可解な密室も含めて本作では立て續けに密室が現れます。麻実の男友達が密室状態で殺害され、そのあと、今度は麗子が足繁く通っていたレストランのオーナーがこれまた密室状態で殺されます。
少ない登場人物が次々と殺されていってしまうので、正直犯人と目される人間は二人しか殘りません。それが畫家の麗子と由加になる譯ですけど、とにかくこの二人の醜いさまがネチネチと描かれていて凄い。冷徹というか高飛車というか、とにかく麻実を見下したような態度の麗子はもうそれだけでも鼻持ちならないし、由加は由加で麗子に惡態をつきながらも麻実をも利用しようとする腹黒さがこれまたいやらしい。
とにかくこの二人の女性の間で、唯一普通人然としている麻実が探偵役を務めて最後に眞相が暴かれるのですが、……ミステリとしては正直物足りないです。連続する密室殺人事件の仕掛けがこれではちょっと。特に選評で笠井潔も指摘していますが、レストランの密室の謎解きは、ロナルド・ノックスが讀んだら顏を真っ赤にして怒り出しそうなオチですから、ってもうネタバレしてますか。
全体としては小粒乍ら、一応トリックはあるし、ミステリとしてはうまく纏まっています。ただし鮎川哲也賞の作品として讀むよりも、サスペンス風味のミステリとして愉しんだ方が良いでしょうねえ。特に女流作家らしい、女性の内面のドロドログチャグチャした汚らしい部分をこれでもかこれでもかッていうくらいに描いていますので、そういうのが大好きでタマラない人(いるのか?)にはおすすめしたい作品でしょう。