その昔の少年小説といえば、ます思い浮かぶのは大乱歩だけども、今取り上げるのだったら最近リリースされたこれでしょう。
都筑道夫といえば、ミステリファンの間では以前取り上げた「七十五羽の烏」や「猫の舌に釘をうて」の作者として知られている譯ですが、こんな素晴らしいジュブナイルを書いているとは自分も知りませんでした。
本作、何が凄いってもう、大乱歩以上にトラウマになりそうな話がこれでもかッていうくらいにテンコモリなんですよ。
収録されている作品は「ゆうれい通信」、「耳のある家」、「砂男」、「座敷わらしはどこへ行った」の全五作。このなかでも最初の「ゆうれい通信」は更に十二話に分かれており、掌編乍らいずれも強烈な印象を殘す作品ばかりで、その次に續く「耳のある家」と竝んで當にトラウマジュブナイルと呼ぶに相應しい出来榮えの作品です。
本作では全編を通して和木俊一という大学生(後半から大學院生)が探偵役として活躍します。そして彼とコンビを組む東都新聞の記者(御約束)である江崎は柔道の有段者(柔道というのも御約束ですな!)、と配役の仕込みも完璧で、少年小説にこちらが期待している通りの展開を見せつつ、後半には微妙にトラウマになりそうな眞相が用意されていたりといずれも一筋繩ではいかない作品ばかり。
物語の結構としては、無人の家に布團を敷いて寝ている幽霊や、死んだ人から電話がかかってきたり、狼男が出現したりといった樣々な怪異が探偵和木のもとに持ち込まれ、それを十二歳の美香や新聞記者の江崎とともに解き明かしていく、というものです。
幽霊話の背後に事件が絡んでいるのは御約束通りなのですが、上にも書いた通り、話によっては小學生の美香がトンデモない事件に卷き込まれてかなり悲慘なことになっているところが見所でして、例えば第八話の「八時のないとけい」などは恐怖小説としても十分に通用するほどの氣味惡さがいい。
これが人間の狂氣を扱ったものなのですが、この怖さは子供が讀んでもあまりピン、とこないかもしれません。しかし大人が讀むとマジで怖いですよ。
葉山の砂濱で不思議な少女に出會った美香は彼女を家まで送っていきます。その家というのがいかにも何かありそうな舊いお屋敷なのですが、この家族が全員も全員おかしいんですよ。女の子の姉にあたるきく子は二年前に死んでいるというんですけど、父親をはじめとして皆が皆、二年目にあたる今日、きく子が帰ってくるといって聞かないのです。
で、皆できく子が帰ってくるのを待とうということになって、ことの成り行き上、美香も一緒にそのきく子の歸りを洋間で待つことになるんですよ。
やがて扉の向こうの廊下を歩く足音が聞こえて、それはゆっくりと二階に上がっていきます。で、美香も死んだ人が生き返る譯はないって分かっているので、二階にあがっていく足音を追いかけます。で、その死んだきく子の部屋で、女の幽霊が宙に浮いているのを目撃して卒倒してしまう、……で、ここから和木探偵の謎解きに入る譯ですが、その幽霊の正体っていうのがまた何ともイヤーなかんじで、探偵の和木はこの眞相をアッサリ語っているのですけど、幽霊の正体を知った刹那の美香の驚きと恐怖はいかばかりだったか、それを考えるとマジで怖いです。
そのほかにも第五話の「五色のくも」。これまた美香が和木と一緒に氣持ち惡い死体を発見するのですが、小學生の女の子がこんなもの見たら絶對にトラウマになるでしょう!
美香の受難はまだまだあって、第三話の「三時三分にどうぞ」も「八時のないとけい」と同樣、女の狂氣が恐ろしい一編。何となくこれ、楳図かずおの「雨女」に似ているような。要するにトラウマ系だということです。
解説によるとこの「ゆうれい通信」は「少女クラブ」に連載されていたということですから、讀者対象は女の子だった譯ですよ。このあたりも少女雜誌に「へびおばさん」をはじめとした怖すぎる漫畫を書き綴って、いたいけな少女にトラウマを植え付けていった楳図かずおを髣髴とさせます。というか、この「少女クラブ」の讀者の対象年齢がどのくらいだったのか今ひとつ分からないのですが、小學生がこれ讀んでいたらかなりキツいと思いますよ。
「ゆうれい通信」以上にトラウマジュブナイルという名前に相應しいのが「耳のある家」で、レインコートを着た蛙女、そして夜になるとどこからともなく聞こえてくる調子っぱすれの子守歌、遠くの方でぼんやりと子守歌が聞こえてくる無言電話などなど、プロローグで語られる怪異から既に突っ走っています。
本作で數々の受難を体驗するのはルミという少女。仕事の都合で旅行をする、という置き手紙を殘したまま姿を消してしまった父親、という設定からして、もうこの父親が何かの事件に卷き込まれたことはバレバレなのですが、ルミは父の手紙に書いてある通り、この父親が不在の間、中野のおじさんの世話になります。この展開からして絶對にこのおじさんが犯罪の片棒擔いでいるのは明らかですよねえ。
で、このおじさんの家というのがまた曰くありげな大きな屋敷でして、絶對にここでトンデモないことが起こるだろうという讀者の期待を裏切らず、このあとルミは數々の災難に巻き込まれていくのです。
そして最後に探偵和木が登場して、プロローグで語られた蛙女の正体や、數々の怪異の眞相、そしてルミの父親の失踪の謎が明らかにされます。特にこの蛙女の正体はまたしても「ゆうれい通信」の御約束と同樣、女の狂氣がモチーフになっていまして、事件が解決したとはいえ、何ともいえないイヤーな讀後感が殘る傑作であります。
續く「砂男」は本作に収録された作品の中では、砂男やらひげ男、そのほかにも黒服の怪しげな男が登場しての騙し合いが愉しく、「耳のある家」と比較すると少しばかり明るい作風がいい。またミステリでは定番になっている仕掛けを上手く使って、錯綜する砂男とひげ男の正体を巧みに隱しているところも、作者のセンスが光っています。
「座敷わらしはどこへ行った」は「中三コース」に掲載されたものとあって、対象年齢が上のせいか、ミステリとしての結構も手堅く、和木の論理的な推理が光る佳作でしょう。
ミステリとして見た場合、後半の「砂男」「座敷わらし」が光っているのは明らかなのですが、自分としてはやはりここはトラウマジュブナイルという點から前半の「ゆうれい通信」と「耳のある家」を推したいですねえ。勿論この二作にもミステリ的な仕掛けはしっかりと凝らしてあり、特に掌編ながらそのひとつひとつに何かしらのトリックを使って物語を纏めている「ゆうれい通信」は今讀んでも新鮮です。
で、昨日取り上げた芦辺氏の「妖奇城の秘密―ネオ少年探偵」と比較してみるに、本作には毒があるなあ、と思った次第です。芦辺氏の作品には敬愛する大乱歩の姿がチラチラと見えるところが微笑えましいのですが、本作の場合はどちらかというと、海野十三とかの、いかにもいかがわしい怪奇探偵小説的な雰囲気が横溢しています。
大乱歩のようなバタ臭さは皆無なのに、この毒がさながら砒素のごとく、讀み終えたあとからじわじわと效いてくるところが何とも堪りません。
そういえば解説に連載されていた當事の挿繪が少しばかり掲載されているのですが、石原豪人(!)の筆になる和木俊一が素晴らしくいい。もう豪人豪人豪人ーッ!、てかんじの濃厚な艶っぽさに溢れていて、これまた好き者には堪らないでしょう。
懷かしき怪奇探偵小説の系譜から本作を讀み解くもよし、大乱歩の少年小説との風格の違いを見るもよし、更には恐怖小説トラウマ小説として大人も十分に愉しめる作品であるといえましょう。おすすめ。