ジュブナイルと侮るなかれ。探偵團、謎めいた山の舊城、惡魔のような怪人と少年少女向けの舞台をしつらえてはいるものの、ミステリの仕掛けも盛り澤山、當に美味しいところだけを味わうことも出來る佳作であります。
子供向けであるからには、とにかく徹頭徹尾わくわくするような展開で引っ張らないといけない譯でして、本作でも乱歩リスペクトの芦辺氏らしい仕掛けが満載なんですよ。
冒頭のプロローグで、本作の舞台のひとつである妖奇城を「はるかに遠い外国の、何百年の前の伝説」のなかのものとして物語を切り出すところなどつかみも巧みで、これだけでも十分に期待させてくれるのですが、このあと舞台は現代に飛んで、校外活動で紅岳にやってきた主役の少年少女、圭、祐也、水穗の三人のキャラの割り振りを簡單に説明するところから始まります。
いわく圭は引っ込み思案だが推理が巧み、そして向こう見ずなぐらいの勇氣がある祐也、優しさと知識のある水穗という役回りです。
校外活動の折に圭が見つけたという、お城のような建物を探險しに行った三人は、その城のなかに囚われている少女を助け出そうとします。しかしそこに仮面をかぶった怪人が現れ少女を攫い、城の建物から消失してしまいます。
怪人が少女とともに消えてしまった窓の向こうは斷崖絶壁で、どうやってもここから逃げることは出來ません。いったい怪人の正体は何なのか、そして彼はどうやってこの窓から消失したのかという謎がまず提示されるのですが、こんなものは序の口です。
そのあと、三人は再びその場所を訪れるのですが、そこには城の姿はなく、建物とも呼べないような廢墟があるばかり。いったいあの城は何処に消えてしまったのかと畳みかけるように謎また謎が現れます。
人間消失、館の消失という、ミステリとしても魅力的な謎を披露するだけでは滿足出來ないだろうとばかりに、次の章では今度は男が殘していった暗號を皆で解讀していくところから始まります。
そしてこの暗號を解いた一行は、そこに記された言葉通りに少女が囚われていると思われる場所へと向かうのですが、ここで再び仮面の怪人がまたも彼らの行く手を阻みます。またもや少女を攫って不可思議な消失を果たした怪人を訝る暇もなく、彼らは殺人事件に卷き込まれまれて、……というかんじで、とにかく物語は面白いくらいに小氣味よく展開するんですよ。
後半、先走る彼らが惡者の手に捕まって絶體絶命のところに探偵が颯爽と現るという期待通りの展開も嬉しく、さらに本作では探偵森江の助手、新島ともか嬢がここで意外な活躍を見せてくれます。
さらには森江の笑えるシーンがさりげなく挿入されていて、作者のサービス精神にニンマリとしてしまいます。最初の登場人物紹介では偉く色男に描かれている探偵森江ではありますけど、自分のなかではやはりもう少し普通っぽい雰囲気の男性なんですよねえ。だってそうじゃないと、「グラン・ギニョール城」でナイジェルソープのボケに見事なツッコミを入れてくるイメージは合いませんよ。
人間消失の謎は子供たちの手によって殆ど解答が導き出され、森江は彼らの推理を補足するだけというのもいい。これが結構大掛かりな仕掛けで、こういうのを子供のときに体驗したらきっとミステリという物語に興味を持ってくれることでしょう。
惡者の正体が暴かれるところはちょっとアレでしたけど、最後の幕引きもこれまた少年少女向けの物語では御約束ですね。
という譯で、大人が讀んだら當に期待通り予想通りの展開で最初から最後まで進んでいくのですが、人間消失に始まり、建物の謎、そして暗號解読と、これだけの枚數にミステリのエッセンスを纏めてみせた芦辺氏の筆捌きは見事。
そして何よりもミステリと子供たちへの愛が感じられる作者のあとがきがいいんですよ。
みなさんは探偵小説——ミステリーとか推理物とか、いろんな言い方がありますが、そういった物語はお好きですか。
これらのすてきなところは、なにげない街角で魔法のようなできごとが起き、その謎があざやかに解けるところ。魔法は魔法を使える人でないと、かけたり解いたりできませんが、探偵小説は注意深く觀察し、正しく推理しさえすれば正解にたどりつけます。つまり大人と子供の区別なく、だれでも名探偵になることができるのです。
という書き出しも素晴らしいのですが、この物語を讀み終えた子供たちに向けて、作者はミステリの愉しみかたについて、こんなふうに語ってくれます。
そして—–いかがでしたか。みなさんの推理は的中していましたか。犯人とトリックを言いあてられたでしょうか。いや、できなくたってかまいません。少しでもこの小説を楽しんでいただき、ワクワクしてもらえたなら、作者としては大滿足なのです。
推理して解答を導き出すのがミステリの愉しみ方のすべてではないのだ、という非常に非常に重要なことを教示してくれるのであります。いうなれば啓蒙ですよ。
大乱歩を引き合いに出すまでもなく、子供のころに讀んだジュブナイルがその後の読書嗜好に多大な影響を及ぼすであろうことはここで皆さんにいうまでもありません。で、自分はこういう地道な、それでいてミステリの未來を見据えるに非常に重要な、次世代への啓蒙活動というのをやってくれている芦辺氏の、こういうところが大好きなんですよねえ。
かつてのジュブナイルと大きく異なり、挿繪は可愛らしい漫畫、いかにもな怪人が登場しつつもその舞台装置は小洒落ていていかがわしさはありません。當に現代の少年少女探偵ものに相應しい風格といえましょう。
ところでこの登場人物紹介の漫畫だと、新島ともか嬢はストレートにロングのヘアスタイルなんですけど、どうにも自分が抱いていたイメージとは違うんですよねえ。
自分の頭の中では彼女は完全に長澤まさみが演じているんですけど、本當の姿はこの漫畫にもあるような清楚なお孃樣なんでしょうか。それにしては本作ではバッタバッタを惡役を倒してみせるしいったいどうなっているのか、作者の芦辺氏に是非とも聞いてみたいところですよ。
で、何で今日こんな、當ブログらしくない作品を取り上げたかというと、現代のジュブナイルとその昔の少年少女小説を比較してみたくなったからでして。最近ゲットしたジュブナイルの某作が思いのほか面白かったので、明日はこの作品を取り上げてみようと思います。
グラン・ギニョール城
芦辺 拓
グラン・ギニョール城
「グラン・ギニョール城」
芦辺拓・著
原書房・出版/ミステリ・リーグ
『想像上の世界だけで、事件解決!!正に本格派』
芦辺作品の名探…