「六色金神殺人事件」の作者にしては吃驚するほど普通のミステリでしたよ。
もっともミステリ・フロンティアのなかの一册ですから、「六色金神殺人事件」のような無闇にハジけた物語を書く譯にもいかなかったのでしょう。著者紹介には「大胆なトリックと鮮烈な奇想で好評を博す」とあるのですが、本作の場合、「ゲッベルスの贈り物」や「六色金神殺人事件」に見られた奇想はやや後退して、手堅いミステリへ仕上げられています。
物語は、或る朝待ちあわせ場所に現れずに失踪してしまった上司の行方を捜す「おれ」の視點から語られます。時折ゴシック文字で不可解なエピソードが挿入されるのですが、この謎は最後の謎解きで明らかにされます。
このエピソード、もしかしてアレ系の仕掛けを考えて入れられていたのかな、とも思うのですがどうなんでしょう。確かにあの人物だと思っていたものに相反して、意外な人物の行動だったことが最後の推理で明かされるのですが、そもそもこのエピソードの部分も添え物程度にしか語られていないし、作者もそこまで深くは考えていなかったと思います。
この謎のキモは、この「おれ」の上司は三股に分かれた道のいずれを選んだのか、というところでしょう。上司は失踪した朝、自宅の玄關を出てから三股に分かれた路地のいずれかを進んだに違いないのですが、町内の住人で彼の姿を目撃したという人間に聞きこみを行いながら「おれ」は上司がどの道を通って、何処に行ったのかを突き止めていきます。
この町内の住人がまた何処となく怪しい者ばかりで、彼と同じように消えてしまった住人もいれば、ストーカーめいた行爲をやっている引きこもりの男がいたり、はたまたこの町内には謎の消防車が出没していたりと普通ではありません。このあたりはいかにも作者らしく、愉しませてくれます。
「おれ」は新たに自分の部署へと配属されてきた笹崎とともに、上司の行方を調べていくことになるのですが、果たしてこれらの謎を解き明かして上司を見つけることが出來るのかどうか。物語はハードボイルの人探しめいた展開で進んでいくのですが、この町内の謎のいくつかが上司の失踪にどう絡んでくるのかというのが見所でしょうか。
一つの眞相に辿り着いたと思ったら、それがひっくり返り、また新しい謎が現れて振りだしに戻り、ということを繰り返していくあたりは、なかなかいい。実をいうとこの眞相は結構容易に推理することが出來るのではないでしょうかねえ。論理的に考えれば、意外とアッサリと上司の行方に辿り着くことは出來ると思います。
ただそれでも、それぞれの謎をひとつのあらすじに纏めることはとうてい不可能でしょう。何しろ本作の場合、最後のオチがこのタイトルにもなっているギブソンのカクテルに因んで見事な皮肉となっているからです。
ある意味、謎解きがなされた後のこの結末は「六色金神殺人事件」の作者らしいともいえるのですが、それでもあの脱力するような幕引きとは違って、「おれ」の心の痛みがひしひしと感じられるハードボイルド風の物語に仕上がっている故、讀後感は作者の過去作とは大きく異なります。
やはり作者の小説の場合、冒頭に大袈裟なプロローグがあって、最後に脱力寸前の素晴らしいオチが用意されていないと今ひとつやられた、という氣がしないのですから困りものですよ。確かによく出來たミステリなのですけど、藤岡真の新作として考えるとどうにも食い足りないんですよねえ。
敬愛していた上司の正体が明らかになる後半の推理、そしてあの朝に何があったのかが明らかにされる謎解きの部分は正直、かなり辛いです。でも繰り返しになりますけど、こんなかんじで男節を描かれても、作者の小説らしくないんですよ。
構成は手堅く、物語の展開にも大きな破綻はありません。提示される謎はどうにも不可解なものばかりなのですが、それでも現実の一點に留まっており、ハードボイルド風味のミステリとして見ればうまく纏めてあると思います。
ミステリ・フロンティアの作品としては十分に佳作といえそうですが、作者が過去作で見せてくれたハジけっぷりを体驗してしまった自分としては、やはり自分のミステリ感がぐらぐらと搖らいでしまうような物語を期待したいところですよ。
失踪人捜しというありふれた設定乍ら、町内の不穩な雰囲気と謎を絡めて本格ミステリらしい風味も感じられる佳作。冒險はないですけど、ミステリと男節を同時に愉しみたい御仁におすすめしたいミステリ・フロンティアの一册です。