面白かったのですけど、ちょっと冗長かな、という印象です。
自分としては青春ミステリ、ということで、以前讀んだ「さよなら妖精」のような物語を期待していたのですけど、本作の登場人物は「氷菓」や「愚者のエンドロール」と同じ、神山高校古典部の千反田える、伊原摩耶花、福部里志、そして探偵役となる折木奉太郎たち。
自分は二作とも未讀だったのでちょっと後悔してしまったんですけども、この二作ともに角川文庫夏の100册に挙げられているというのに、アマゾンでは在庫なしだったりします。いったいどういうことですかこれは。とりあえず自分は本日、地元の本屋で二册とも手に入れましたけど、これも大手の本屋を五軒ほど廻ってやっと。いったいこの角川の夏の文庫キャンペーンっていうのはどうなっているんですか本當に、……などといいつつ、ケロロ軍曹のブックカバーはしっかりもらっておかないといけませんねえ。「GOTH」は文庫で買い直すがどうか検討中。ブックカバーが欲しいだけで單行本を持っているのに文庫を手に入れる意味があるのかどうか。
閑話休題、という譯で本作ですが、第一章となる「眠れない夜」から文化祭前夜、昂奮して眠れない古典部部員たちの視点からいくつかの事実が提示されます。ここで既にタイトルにもなっている十文字事件の手掛かりが示されているのですが、勿論初讀の人はそんなことを氣にせずに讀み進めていっても問題はありません。
本作はこのような多視点の手法を驅使しながら、文化祭の樣子を流れるような筆致で書き進めていきます。間違って文集「氷菓」を予定よりも多く印刷してしまった古典部の皆は色々な方法を考えてこの文集を完売させようと奔走するのですが、その一方で占い研からはタロットカードの一枚が盜まれ、そこには犯行文を思わせる奇妙な台詞が書かれたグリーティングカードが置かれていた。
署名には十文字、とあり、占い研にも十文字という人物がいるのだけども勿論彼女の仕業ではない。さらには続けてアカペラ部、圍碁部、お料理研でも同樣にあるものが盜まれ、犯行聲名を思わせるカードがおかれていたことが判明し、古典部の部員たちはこの事件の謎を解いて、それを「氷菓」を賣るネタにしようと考えつきます。
果たして、十文字の意味は何か、そしてその意図は、……というのがミステリとしての要素なのですが、このネタだけで引っ張るにはちょっと長すぎるんですよねえ。
「さよなら妖精」の場合、樣々な日常の謎系の要素が物語の要所要所に散りばめられ、さらにユーゴから來た女性マーヤは何処へ帰っていったのか、という大きな謎が物語の屋臺骨を支えていました。その謎が解かれた時、主人公の若さと悲哀が大きな感動を呼び起こす、という構成の巧みさに自分は驚いた譯です。
飜って本作の場合、十文字の謎だけで物語を引っ張っていこうとするのですが、物語とは大きく關係ない文化祭の描写が冗長に感じられてしまうのですよ。これを半分の頁で纏めてくれたら、もっと愉しめたと思います。
ただ千反田えるの妙に惚けた雰圍氣や、福部里志のやる氣が空回りしているようなキャラはそれだけで笑えるし、自分のように謎解きミステリとしてではなく、軽い青春小説として讀むほうが本作の風格を堪能することが出來るかもしれません。
肝心の十文字事件の眞相ですが、これもちょっと弱いですねえ、個人的には。眞相を推理していく上で使用される逆説的な論理は面白いのだけど、自分としては「春期限定いちごタルト事件」のなかの「おいしいココアの作り方」や、「さよなら妖精」でマーヤの帰っていった場所を推理していくときのような、論理のアクロバットを期待していたので、このあたりはちょっと肩すかし、というかそんなかんじです。
「さよなら妖精」のような感動ものではなく、「いちごタルト事件」のような、ちょっとおもしろおかしい作風を期待している人にはおすすめ、というところでしょうか。