本格ミステリといってもチマチマしたコロシなどとは無縁、スケールがあまりにデカ過ぎでミステリというよりは冒険小説や伝奇SFに片足突っ込んでしまっているような風格ながら、謎解きは科学の知見をもとにしながらきわめてスタイリッシュ、「本格ミステリーの神髄」 を極めながらも本格ミステリを突き抜けた面白さをふんだんに凝らした一冊で、堪能しました。
収録作は、バミューダ・トライアングルで姿を消した輸送機の謎に、自然現象と神話のドラゴンを絡めた奇想がスケールのデカすぎる本格物語へと昇華された「バミューダ海域のドラゴン」、観測衛星墜落の顛末から、古代人と科学の混淆が本格ミステリならではの反転と奇想溢れる構図を見せつけてくれる「熱波の摩天楼」の全二編。
「バミューダ海域のドラゴン」は、輸送機の消失した場所がバミューダ・トライアングルというところから、トンデモネタを前面に押し出した謎の提示が仄めかされるものの、そうしたトンデモの種明かしはあっさりと流し、それを上回るド派手な地球レベルの事象や陰謀も絡めたサスペンス溢れる展開が素晴らしい。
特に消失事件の影で語られるドラゴンの正体が、隠微に進行する陰謀劇と結びつく謎解きのシーンは圧巻で、正直、奇怪な現象を「謎解き」されても、あまりにスケールがデカすぎるゆえ、そこから明らかにされる真相はミステリというよりはSFとか冒険小説とかそうした他ジャンルの雰囲気を濃厚に感じさせます。
というのも、こうした奇想溢れる謎を凝らした本格ミステリであれば、不可解な自然現象は、探偵の謎解きによって最終的には人間が行う「犯罪行為」と連関され、事件の構図の中へと組み込まれて幕、――となるのがおおよそ自分のようなボンクラもイメージできる本格ミステリの作風で、御大の長編はもとより、最近では小島ミステリの傑作における奇想もこうしたものであるかと思うのですが、本作の場合、扱われる自然現象のスケールがデカすぎて、「自然」というよりはもう、「地球」レベルで開陳されるゆえ、陰謀劇で明かされる人間の所行が完全に後景へと退いてしまっているところが個性的。
しかし、本編で明かされる陰謀劇はそんなスケールのデカすぎる「地球」規模のものへ挑もうとした矮小なる人間の愚かさを、さかしまのかたちで描き出しているという見方もできるような気もします。
続く「熱波の摩天楼」は、観測衛星が墜落しそうでヤバい、それに未知のウィルスとか付着していたらもっとヤバい、ということで駆り出された天才ボーイがとある事件に巻き込まれるという展開ながら、ウィルス云々という小事件に対しては、毒殺トリックにも似た毒の経路を探り出す推理のプロセスで、ボンクラのミステリ読みをホッとさせつつ、ここでは奇妙なピラミッドの謎に託されたメッセージを読み解く後半が素晴らしい。
不可解な転倒に、人間ならではの過ちを斟酌しつつメッセージを託してみせた古代人の強い意志と、現代の探偵が征服の歴史をも重ねてそこに隠された多重の意味を読み解いてみせるところなど、事象から人間の心理を推理していく趣向も秀逸です。また観測衛星の墜落を端緒に始まる物語は、この不可解な謎を立ち上らせるピラミッドの転倒した真相が明らかにされたあとになって、読者のみならず探偵を含めた登場人物たちを誤導させる仕掛けであったと見ることもできるわけで、観測衛星の墜落によってもたらされる危惧と、現地での小事件、そして古代人の警告の「三つ」が「三角形」を描き出して連関するという結構も美しい。
本格ミステリとしても中編ながら重量級というネタは十二分に堪能できたのですけれど、しかしその読後感は本格ミステリとは若干違うような気も、……とはいえ物語としての「力」は超絶的。人間のチマチマしたコロシとかそんなのちっちぇし面白くないッ、なんて御仁もこのスケールのデカ過ぎる真相にはかなりニヤニヤできるのではないでしょうか。オススメ、でしょう。