かつてサイコ殺人を起こした野郎が更正を図るも、とある事件に巻き込まれることでトンデモないことになっていき……とあらすじを簡単にまとめてしまえばそういうお話ながら、そのトンデモないことというのが、こうした物語に読者が想像し得る範囲を軽く超えており、特に後半の斜め上を行く展開の破天荒ぶりの激しさだけでも買い、ともいえる一冊で堪能しました。
酒鬼薔薇事件を彷彿とさせる猟奇殺人の内容に相反して、更正をはかろうとする主人公の抑制された性格からしてかなり意表をついてくれるのですが、それでも顔やキューピー人形をモチーフにした歪みが、後のカタストロフを予感させる不穏な空気を振りまいている前半の雰囲気が何ともいえません。
この主人公は身元を隠し、コンビニで慎ましく働いているのですが、町で発生した誘拐事件に巻き込まれていくかたちで、期待される更正プログラムからどんどん逸脱していってしまいます。しかし彼の周囲を取り巻く誘拐事件という、まだミステリ的な「事件」として総括できる内容が、主人公のみならず、読者の思惑をも越えてトンデモないものへとつながっていく後半の怒濤の展開を、ミステリから他ジャンルへの超越的な飛躍ととらえるべきか、それとも破綻ととらえるべきかで、かなり評価が分かれてくるような気がするのですが、いかがでしょう。
主人公が周囲の事件に巻き込まれるかたちで、更正プログラムから逸脱していく、――と、これだけの流れであれば、何も後半にこうしたアレすぎる展開でなくとも普通の連続殺人事件とかでも十分に成立する結構であろうし、あるいは主人公をここ日本ではなく、政情不安な国に放り込むことでもこうした物語はまた読者の想定内のものに収束させることも可能だった筈、――ながら、やがて最後の最後、主人公の更正プログラムを成立せしめていたロジックの真意が明らかにされ、それとともに壮絶な陰謀と、その陰謀の存在を気取りながら、それを操っていた人物の存在の独白が語られるラストにはもう唖然。
確かにこのロジックの転倒をもっとも効果的に見せるためとなれば、この破天荒な後半の展開が必要であり、さらにはそれを陰謀と絡めて悲壮と虚無を際立たせるにはこれしかない、と強引に読者を納得させてしまう筆力が素晴らしい。
あらすじから想定される展開を華麗に裏切ってみせることで、読者の脳を混乱させ、さらには予想もしえなかった彼方へと連れ去ってしまう怪作で、ミステリ的な結構の前半が、大いなる「破綻」を見せながら、その「破綻」が最後には主人公の「逸脱」のすべてを逆転させてしまうという結構に仕掛けられた豪腕には、本格ミステリ的なカタルシスさえ感じさせます。かなり読者を選ぶ作品かと思うものの、何か「凄いもの」が読みたい、という方には強力にオススメしたいと思います。