八十年代生まれの新進気鋭の競作集、――とはいえ、個人的には梓崎氏目当てで購入した一冊だったわけですが、満足度は120%という逸品で、堪能しました。
収録作は、樽やトランクならぬフツーの段ボールの中に入れてあったブツのすり替えを巡って端正なロジックが発動する似鳥鶏「お届け先には不思議を添えて」、一個だけ消失したボールの行方を巡って、謎解きとモチーフの重なりが美しい調和を生み出す鵜林伸也「ボールがない」。
バレンタインのチョコ騒動に、これまた作者らしい構図の組み方がやさしい読後感を残す相沢沙呼「恋のおまじないのチンク・ア・チンク」、映画鑑賞している時にワインをブッかけられた娘っ子の受難に若者らしいすれ違いとやさしさを添えた市井豊「横槍ワイン」、そして卒業式の珍事に過去と現在と交錯させ、超絶技巧が炸裂する傑作、梓崎 優「スプリング・ハズ・カム」の全五編。
これは収録作のいずれにも共通することではあるのですが、日常の謎といってもその謎は「不思議」というよりは「事件」の様相を呈してい、似鳥氏の「お届け先には不思議を添えて」は、段ボールの中身のすり替えという、一昔前だった屍体を使ったところへビデオテープを用いた趣向がキモ。すり替えのタイミングとフーダニットで詰めていく展開もスリリングなら、その背後にさりげなく添えられたホワイの謎が、現在から過去を見るという趣向にによって、微笑ましい青春劇とでもいうべき風味を醸しているところも秀逸です。
鵜林氏の「ボールがない」は、単にボールがひとつ消えてしまったというシンプルに過ぎる謎ながら、これも似鳥氏の短編と同様、その消失のプロセスと犯人を詰めていくロジックが見所。錯綜しながら最後に明らかにされた真相とその「犯行」方法は、謎の起因たるボールをモチーフに美しい構図を描いてい、読後感のすがすがしさも二重丸。
謎の壮大さやロジックの複雑さよりも、事件の構図の構築にうまさを見せるのが相沢氏の「恋のおまじないのチンク・ア・チンク」で、バレンタインというモジモジ・ボーイにとっても気もそぞろな一日の顛末に、タイトルにもなっているマジックの「チンク・ア・チンク」と語り手の「思い」が重なる趣向が素晴らしい。
「ボールがない」にもこうした構図の見せ方はさりげなく添えられてい、そのあたりに自分は技巧のうまさを感じたわけですが、本編では、そうした構図の見せ方と伏線はさらに徹底されています。モジモジで臆病者という語り手の内心が、事件と真相の開示を経ることである決意へと至る展開も綺麗で、個人的には梓崎氏の一編の次にお気に入り。
市井氏の「横槍ワイン」は、映画をみんなで見ていたところへ、娘っ子がワインをぶっかけられるという惨事が発生。果たして犯人とその動機は、――という話。ここでも詰めていくロジックが細やかで秀逸なわけですが、本編ではそうしたロジックの起点となる伏線のさりげなさを青春物語ならではの恋模様に絡めた見せ方がいい。この事件のきっかけとなったささやかな錯誤には苦笑するしかないのですが、それもまた青春、というほほえましさが何ともいえません。
で、いよいよ梓崎氏の「スプリング・ハズ・カム」へと至るわけですが、卒業式に放送室を占拠した犯人は誰、というコロシもナッシングという「日常の謎」ながら、これがタイムカプセルを掘り起こすという現在と、卒業式の過去を交錯させた結構の中に、巧妙な仕掛けと伏線が凝らされています。真相はもはや定番化したともいえるアレだったりするわけですが、過去と現在を交錯させたその語りがそうした真相を完璧に隠蔽しているところもいうことなし。
そして冒頭に描かれたプロローグめくシーンへと再び回帰して、探偵が真相を語り出した瞬間、魂を抜かれてしまうという完璧な仕掛けにはもう脱帽で、その仕掛けに驚きつつ、真相の哀切に号泣をこらえて、今度はある人物から見たある人物の行動と語りに注意しながら再読し、また再び最初に戻って、登場人物の名前とその真相を重ねた小説的な構図の素晴らしさにため息をつき、――というフウに一気に三度読みしてもまだ足りないッ、というほどの傑作です。
正直、梓崎氏の短編だけでも大いに買い、なわけですが、いずれも大仰なトリック云々よりも、精緻なロジックに注力し、構図の構築に留意した仕掛けで魅せてくれる風格である、――という八十年代生まれの新鋭の共通点を見つけることができたのは収穫でありました。梓崎ミステリのファンのみならず、八十年代の気鋭が気になるマニアの方も手に取るべき一冊といえるのではないでしょうか。オススメ、でしょう。