恩田陸の「ユージニア」を讀み終えたあとふと思い出したのが連城三紀彦の本作でした。
「ユージニア」が過去の大量毒殺人事件を幻想的な物語に仕上げた傑作だとしたら、こちらは現代の、ひとりの少女の死にまつわる家族の愛憎を暗い筆致でまとめ上げた佳作です。どちらも暑い夏のさなかに起こった事件で、關係者の独白によって事件が語られるという構成は同じです。また物語が進んでいくうちにいっそう事件の闇があきらかになり、それに呼應するように眞相へと至る道筋が混沌としていくところも似ています。しかし「ユージニア」が靜的な美しさを湛えていたのにたいして、本作はジャケにもあるようにひたすら暗く、哀しい物語なんですよねえ。
昔からの連城ファンはこの作品を読んでおやっと思ったのではないでしょうか。
關係者の独白によって事件の背後に隱れていた眞相が次第にあきらかになっていくという手法は作者の小説では既におなじみのものなのですけど、關係者がお互いに真実と嘘を織り交ぜて事件を語りながらも、そこには虚実が反転を繰り返すような激しい展開はありません。
娘を殺された母親、そしてその夫、姉、舅、浮気相手の若い男といった登場人物たちとの愛憎關係がひとりひとりの独白によって暴かれていくのですが、章節ごとにどんでん返しが繰り出されるような中期の作風は後退して、寧ろ初期の作品に見られた登場人物の心理や内面をじっくりと描きつつ事件の眞相を炙り出していくような作品に仕上がっています。
「美の神たちの叛乱」みたいな雰圍氣を期待していた自分はまったく肩すかしを喰らってしまった譯ですけど、事件をきっかけに家族の愛憎が次第に明らかにされていくというこの物語はじっくり描いてこそ意味があると作者は判断したのでしょう。
結局この事件に本當の犯人はいないのだと思います。ある人物がふと口にしてしまったある言葉が、暴発寸前乍らもぎりぎりのところで踏みとどまっていた人間關係を崩壞させ、それが事件を引き起こします。しかし本當の意味でも犯人というのは誰だったのか、本を閉じたあとでもよく分かりません。美しさも何もない、ある意味、鬱々とした幕引きで讀後感はちょっと鬱。
ジャケの帶にある「惡意が招いた救いのない物語」「これほどまでに切なくも、おぞましいミステリーがあっただろうか?」という煽り文句が素晴らしい。切なくもおぞましいという形容がこの物語の風格のすべてを語っています。個人的には連城作品のなかでは一番のダウナー系。萬人にはお薦め出來ない本ですけど、作者の分岐點という意味では重要な作品といえるでしょう。