つい先日取り上げた「失はれる物語」には、「Calling You」と「傷」が収録されているのだから、本作についてここで何かを書くこともないだろう、と思うかもしれませんが、いえいえ、アレ系が好きな自分としては、やはり「失はれる物語」に収録されていない傑作「華歌」を取り上げておく必要があると思う譯です。
本書には「Calling You」「傷」、そして「華歌」の三作が収録されているのですが「華歌」が傑作にもかかわらず、乙一短篇ベスト集成とでもいうべき「失はれる物語」に入らなかったのは、ひとえにこの作品が中編のボリュームを持つ作品だったからでしょう。
この作品、よく出來ているというか、アレ系の作品としては、その仕掛けがあきらかにされた後で小説全体の意味合いまでもが變わってしまう、という點で「イニシエーション・ラブ」にも匹敵するくらいの傑作なのですよ。
アレ系の仕掛けとしては非常に單純でそのまま讀み進めていく限りではまったく氣がつきません。というか、羽住都のイラストまでが騙しに奉仕しているという點で、凄いというか、あざといというか。しかしこのイラストだってよくよく見ると、確かにズルいという氣はするのですが、嘘はついていませんよねえ。ネタバレになるので反転します。
例えば126頁の繪なんですけど、この手紙を持った男性、何も考えずに物語の展開と照らし合わせれば、どう見たって里美から渡された手紙を持っている「わたし」です。しかしこの繪、「わたしの返事にあいまいに頷」いて、「最後に取り出」した「白い封筒」をまさに「わたし」に手渡そうとしている里美にも見えるわけです。かなりアザとい騙し方ですけどね。
さらにやってくれたのが、
172頁の繪で、これだって「わたし」が左に座っている男性、そしてその隣が「里美」だと思うんですけど、実際は違って、手前の髮の長い女性が「わたし」ですよね。
羽住都も乙一の共犯という譯です。
眞相が明らかになったあと、物語の意味合いが變わってしまうという點ですけど、これも文字反転しなきゃ駄目ですよねえ。例えば、最初のところで、
少女に出会った朝も、精神状態は酷いものであった。入院して一週間、まだ事故の傷跡が深く胸の内を抉っていた。はたしてだれが知るだろう。後にその少女を愛することになるだろうと。
と書いてあるのですが、この少女を愛するという氣持はここだけ讀むと、字面通り恋愛感情というふうに考えてしまいますけども、眞相があきらかになった後あらためてここを讀み返してみると、これは恋愛ではなく母性愛だということに氣がつくという仕掛けです。そしてこの花が亡くなった女性に似ているのではなくて、その女性の子供の生まれ變わりだったということが作中の後半でほのめかされており、ここで子供を事故で失った「わたし」の立場と、亡くなったミサキという女性の境遇がリンクする。この趣向は素晴らしいと思います。仕掛けがあきらかになったとき、本作は「戀人を失い、絶望していた男性のわたしの物語」から「子供を失い、絶望していたわたしの物語」に転換する。
ふう、……何だか文字反転が多くて疲れましたよ。
乙一はアレ系の仕掛けが好きなようで、いくつか短篇がありますが、仕掛けが物語の成り立ちそのものに強く関わっているという點で、本作は乙一の短中編のなかでも素晴らしい傑作となっています。「失はれた物語」に二作が収録されているから、角川スニーカーの方はいいや、と考えている方、「華歌」は乙一の作品のなかでも五指に入る傑作であり(個人的感想)、是非、本作も手にとって、この仕掛けの素晴らしさを堪能してもらいたいと思います。
こんばんはですー。
乙一氏の中・短編作品では「子猫」を最高傑作と思っている自分からすると、華歌はイメージが違ったので結構面食らいました。
しかしミステリ頭に切り替えて読み込んで見たら、技巧の限りを尽くしたアレ系(笑)の大傑作なんですよねえ・・・。イラストも共犯というのは気づいていませんでしたが、言われて見ればなるほどですね。乙一作品には羽住さんのイラストが一番合っているような気がします。
ところで、
>ふう、……何だか文字反転が多くて疲れましたよ。
というくだりにちょっと萌えてしまいました(おい)。
take_14さん、こんにちは。
自分も「子猫」は大好きです。というか、乙一の作品で嫌いなものの方が少ない、というか、ない、と言い切ってしまってもいいくらいで。とにかく多彩な作風を持つ氏のことですから、彼の作品の中でランクづけをするとすれば、ジャンル分けして(ミステリ系とか、切ない系とか?)やらないと駄目でしょうね。
文字反転は、……この歳になると流石に疲れますよ。これを驅使してミステリの感想を仕上げてしまう皆さんが本當に羨ましい。