『退出ゲーム』『初恋ソムリエ』に次ぐシリーズ第三弾。吹奏楽部がいよいよ大会出場と相成るという意味では完結編、本格ミステリとしての技巧はもちろん前二作から登場人物たちを追いかけてきたファンにとっては吹奏楽部の活動シーンが何とも嬉しい。
『初恋ソムリエ』は外連味溢れる『退出ゲーム』に比較するとミステリ色は薄めというのが大方の評価で、このセンでいくと本作は『初恋』以上にミステリ色は薄めということになってしまうのかナ、……という危惧はありつつ、個人的には現代本格としての贅を凝らした技巧の連打に大満足の一冊でありました。
収録作は、会場に現れた迷い犬の主人の本物はいずれやというシンプルな謎にシリーズならでの極上セラピーを添えた「ジャバウォックの鑑札」、とあるオンボロアパートにまつわる定番の幽霊譚からバカミス的奇想がはじける「ヴァナキュラー・モダニズム」、ライバル校の秘密を明らかにしていくプロセスと真の秘密を隠蔽する技法の融合が秀逸な「十の秘密」、そしてシリーズならでは「泣き」の要素をめいっぱいに凝らした本格セラピーの風格が素晴らしすぎる「空想オルガン」の全四篇に序奏をくわえたもの。
「ジャバウォックの鑑札」は一見すると、迷い犬の真の飼い主を特定するために様々な気付きからロジックを立ち上げていくという展開ながら、ここでは本物の飼い主とこの犬にまつわる人間ドラマがキモ。飼い主がどちらなのかと探偵が詰めていく過程で、敵もさるものと色々なトリックを仕掛けてみせるのですが、最後の決め手にささやかな暗号も絡めて、その解読から隠された逸話を明かしてみせる癒しの結構が素晴らしい。
収録作の中で表題作と並ぶお気に入りが「ヴァナキュラー・モダニズム」で、ホームレス状態のハルタの住処として候補に挙がったのは幽霊が出ると噂のオンボロ・アパート。尾鰭がつきまくりの幽霊話とその現象、さらには怪異つきのアパートとゴシックめいたお話にこのシリーズならではの軽妙なユーモアも交えてサクサクと進んでいく展開も心地よい。
最後に明らかにされた真相は、――確かに怪異についても完璧に説明できるとはいえ、コード型本格の舘ものを彷彿とさせる吃驚な仕掛けに吹き出すこと請け合い。ここでも単に真相を明かして幕とするのではなく、しっかりとセラピー的要素を添えた人間ドラマについて語られるところも秀逸です。
「十の秘密」は、ライバル校の強い秘密が、タイトル通りに十の秘密としてひとつひとつ、作中で明らかにされていくのですが、この秘密の内容が「日常の謎」的なささやかな謎の提示であると同時に、真に隠されるべきある事柄へと至る絶妙な伏線にもなっている結構がいい。それぞれの秘密は一見するとてんでバラバラなのですが、そこには真相へと至る複数の糸が絡めてあり、開陳される秘密の背後で進行する登場人物の不可解な挙動と真に隠されるべきあることとが最後に強烈な連関を明らかにする見せ方もいうことなし。
最後の「空想オルガン」は、とある男の語りと吹奏楽部の大会の様子が平行して語られていく構成で、最後にこの二つのシーンがどのようなかたちで連関を見せるのかという読者の期待をしっかりと折り込みながらも、物語の中盤であっさりと二つのシーンの登場人物は出会ってしまいます。しかしシリーズものにして連作短編というこの一冊の趣向を存分に活かしながら、最後の最後で明かされる真相にはチと吃驚。もう一度最初に戻ってこの人物がなるほどアレだったのかと読み返して納得、という仕掛けが素晴らしい。
さらに「オルガン」というタイトルに添えられた言葉にかけられた登場人物の悲痛な思いと、後半に語られる過去の逸話の悲哀は初野ミステリならではの風格で、謎解きというあからさまなかたちこそ採られていないものの、二つのシーンの連関に仕掛けられた企みとシーンのそれぞれに登場する二人の逸話をセラピーへと転化させる趣向がいい。
美しい終わり方をしているためこのシリーズは本作で完結なのかな、と感じつつ、まだまだこの先、ハルチカたちが来年はどのような成長をみせているのかを知りたくもあるし、……と読後感は何とも複雑な気持ちだったりするわけですが、『退出ゲーム』から『初恋ソムリエ』と謎の見せ方やロジックなど本格ミステリの外連を後退させたように見せて一般小説に近づけながらも、シッカリと魅せるところは魅せてくれる本作、『初恋ソムリエ』も愉しめたというファンであれば満足できる逸品ではないでしょうか。オススメです。