『攪乱者』、『この国。』に続く石持テロル最新作にして、前二作の集大成的な意味合いを持つ一冊。さらにそれ以前にものした日常の謎ものへオトシマエをつけてみせた作品という意味でも『この国。』と並ぶ代表作となりえる逸品です。
物語の大枠は、憧れていた美人秘書の死をきっかけに、大学という実体のないものへの復讐を誓ったボーイたちが会社を立ち上げる。彼らは暗い心を隠し持った投資家に見いだされ、大学へのテロルを遂行していくのだが、――という話。
序章、間章、終章の間に七話が収録された連作短編の結構で、自殺者が続発する大学キャンパスで蝉の死骸集めに勤しむ男たちの不可解な行動への謎解きが冴える「第一話 セミの声」、ネクラ野郎の邪悪を妄想スレスレの超絶論理で繙いてみせる「第二話 求職者」、喪男どもがベビー服をお買い物という不可解な行動の背後で隱微に進行するテロルを暴き立てる「第三話 プレゼント」。
不倫女の愚痴話から石持エロミスならではの素晴らしいエロジックによってある人物の邪心をあぶり出す「第四話 佇む人」、秘めやかに進行する操りと操られるものの攻防「第五話 針の山」、操りのトリガーが引かれいよいよ破局へと雪崩落ちる展開がスリリングな「第六話 選択肢」、そして復讐の果てに日常の謎が犯罪事件へと反転する「第七話 復讐者」。
やはりまずいの一番に挙げたいのが、ほとんど妄想としか思えない奇天烈な飛躍を細やかなロジックによって有無を言わさぬ構図へと昇華させた「第二話 求職者」。ボーイたちの見つけてきたプログラマーがつくったゲームの動作から、彼の心の闇を明らかにするという話で、作中の登場人物たちも最初はその指摘に「それはうがち過ぎじゃないか」なんてツッコミを入れているものの、最後の最後にはもうこれしかありえないというふうに納得させてしまう豪腕ロジックが素晴らしい。「仮説に仮説を重ねただけ」と謙遜する探偵男の妄想推理が、その後、絶妙な伏線となって機能するところも含めて、連作短編としての仕込み方も秀逸です。
そして最近ではどうにも石持ミステリならではのエロスが少なめで不満、というファンに向けてのとびっきりの贈り物が「第四話 佇む人」で、不倫の果てに子供を堕ろしたという女の愚痴話から、ある人物の暗い心を暴き立てるという着想がいい。さらにこのための「気付き」となっているアイテムとそれによって起動されるエロジックの着想は石持氏の独擅場。第二話と並ぶお気に入りです。
「第三話 プレゼント」は『攪乱者』にも通じるテロルを、不可解な行動から解き明かしていくという結構ながら、こうした日常の謎に連關させたテロルを「第六話 選択肢」では「スケールの小さい嫌がらせなのだ」と退けてしまう展開がキモで、ここから後半のカタストロフへと繋げてみせる構成も言うことなし。
大学という抽象的なものへ向けられた憎悪が、「スケールの小さい嫌がらせ」を重ねていくうちに、実体を持った人間へとスライドしていくのですが、――ボーイたちの心の迷いを断ち切らんとある人物の操りが発動し、操る者と操られる者とのせめぎ合いが、石持ミステリならではのロジックによって活写される後半の展開は非常にスリリング。そして捨て駒ともいえたある人物の暴挙が操りによって爆発するや、事態はもともとの復讐もそっちのけにトンデモないことへ。果たしてその結末は――。
連作短編の構成を維持しながらも、日常の謎を装った前半部と、操りを交えてスリリングに盛り上がる後半とではやや雰囲気が異なります。興味深いのは、前半部で描かれた蝉の死骸を集める男や、ベビー服を買う奇妙な行動という日常の謎と、一般的にイメージされる日常の謎との違いでしょうか。
最近ではコロシもナッシングで幽霊が出てくりゃ日常の謎の一丁上がりィ、というくらいに安くなってしまった日常の謎ものではありますが、こうした日常の謎に本格ファンが期待してしまうのは、「その不可解な行動の意味はこれこれこうであり、実はその背後で隱微な犯罪が進行していて云々……」というような構図ではないでしょうか。
不可解な行動の真意が明かされただけでは深みが足りないということで、それがミステリらしい犯罪行為の伏線であったという二重構造によって重さを持たせた日常の謎ものに比較すると、本作の場合は、そもそもそうした不可解な行為が復讐を目的としたものであることは冒頭から明らかにされてしまっています。それでも一編一編が絶妙な緊張感を維持しているのは、偏に大学への復讐を誓うボーイたちと、彼に共感し資金援助をする男とのせめぎ合いが見事に描かれているからでしょう。
そうした二者の対立と攻防という視点から本作を見ていくと、前半部では「探偵」として振る舞っていた男がやがてボーイたちを操る「犯人」となり、後半では操られる者となったボーイたちが今度はその操りを破るべくロジックを驅使する「探偵」となる、――というふうに本格ミステリ的な役割の入れ替わりが行われ、それが「日常の謎」から「サスペンス」へと変異していく本作の結構を引き立てているところも素晴らしい。
前半部の「日常の謎」から「サスペンス」へと変異していく本作の結構は、『攪乱者』以前の「日常の謎」ものともいえる作品群にオトシマエをつけているようにも見えるし、その一方で、第七話から終章までは時間軸をいっきに飛躍させて、本格ミステリ的な犯罪の中ではもっとも魅力的な「殺人」行為については詳らかにすることなく幕とする構成には、謎より事件より精緻なロジックを、という石持氏の強い意志が伺えるような気もします。
『攪乱者』、『この国。』にも通じる作品ながら、そこからさらなる飛躍を見せた本作は石持ミステリ的世界観の新たな地平を示した『この国。』と並ぶ代表作ともいえるのではないでしょうか。石持ミステリはもちろんのこと、「何かさー、石持浅海って『陰茎』とか『勃起』とかそんな卑猥な言葉がズラズラ出てくるようなエロミスなんでしょ。ちょっとなー」と躊躇してしまっているビギナーにこそ是非とも手にとっていただきたい、近作では『この国。』とも並ぶ入門編として強くオススメしたい一冊です。