傑作。表向きはスマートな法廷もので、事件がコロシでまた犯人も明らか。ではいったいどこに謎があり、騙しがあるのか、――という読者の勘ぐりをさらりと受け流して見事な背負い投げを食らわせてくれるという逸品。ただ、本作が優れている点は、むしろこうした騙し技を最後の最後に持ってくるのではなく、後半部分にアッサリと仕掛けを明らかにして、その後、事件の様態と登場人物たちの悲哀を謎解きによって描き出すというストイックさにあるのではないかな、という気もするのですがこのあたりは後述します。
物語はまずコロシのシーンから始まり、その後、裁判が始まり、――という、ある種の定型ともいえる結構でスタートするのですが、本作ではこの裁判のシーンと平行して、ある企みが倒叙の形式で描かれていきます。この倒叙の中に込められた心理トリックは、すでにおなじみの、――というか一昔前のミステリであれば、おそらくは読者から隠すかたちで描かれていくものではと推察されるのですが、本作ではこの隠しておくべきトリックを裏返しにして大胆にも読者の前に晒し、倒叙の形で事件の発生までを辿っていくという戦略を採っています。これがまず素晴らしい。
裁判もので物語の中心にいる人物が被告人の弁護士とあれば、最後は無罪判決というおおよその読者の先読みを受け入れながらも、仕掛けの力点を有罪無罪といった事件そのものの様態から巧みにずらしてみせた試みも秀逸で、さらにはこの仕掛けを最後の最後に持ってくるのではなく、後半に入ったところであっさりと明かしてみせるという結構によって、その後、明らかにされる「真犯人」の心の慟哭を活写するとともに、それを倒叙の形式で描かれていた物語と連関してみせたところも秀逸です。
単に読者を驚かせるためのトリックに注力した作品であれば、上にも述べた通り、この仕掛けを明らかにするのはもっと後でもこの物語の強度からして十分に成立したと思うし、実際、そうした方が本格ミステリファンの受けは良かったのではないかな、……と推察されるものの、作者はそうした驚きよりも、むしろその驚きの向こうから見えてくる事件に関わった者たちの哀しみを描きたかったのでは、という気がします。
そうして見ると、上にも述べたような倒叙の中であっさりと明かされている二人の人物が周囲に仕掛けた心理トリックと、それを実行していく過程で揺れ動く或る者の内心がタイトルである「最後の証人」へと結びついていくところなど、仕掛けが明らかにされたあと読者の前に立ち現れる事件の構図、――そこから逆算していくことによって見えてくる作者の狙いや、細やかな技法を駆使するというよりは、倒叙の中で明かされた心理トリックや後半部の仕掛けなど、すでに定番化された技法を敢えて物語の太軸に据えた大胆な構成の素晴らしさが見えてきます。
また件の心理トリックをあっさりと裏返してその手の内を明かしてみせる一方、凶器や犯行方法など、実際の殺害方法について倒叙の中で描かれているシーンのことごとくが後半の仕掛けによって反転し、絶妙な誤導であったことが判明するという、対照的な結構も見事です。
ジャケ帯にある「本読みのプロたちからも絶賛の声!」という言葉に偽りなしの逸品で、本格ミステリ読みのみならず、倒叙と法廷劇のスマートな描写などから普通のミステリ読みの方も十二分に愉しめるのではないでしょうか。オススメ、でしょう。