京大推理研に講談社BOXということで、ロートル的には才人・円居挽の「丸太町ルヴォワール」のような、怒濤の反転劇を鮮やかな本格の技法という外連によって極上のラヴ・ロマンスに仕立て上げた逸品のような作風をイメージしてしまうわけですが、本作はもう少し肩の力を抜いて愉しむべきエンタメ小説といった雰囲気でありました。かといって、ミステリ風味が薄い、というわけではありません。このあたりは後述します。
物語のあらすじは、これまた何と説明して良いものか戸惑ってしまうのですが、簡単にいうと、化け猫どもが人間どもを殺して猫の餌にするアングラ工場にヒョンなことからやってきてしまったご一行様を襲うドタバタ劇、――というカンジながらこの一行の中に化け猫が一匹紛れ込んでいるのがミソ。
化け猫ですから当然、人間に化けているわけで、猫の餌を調達しようと企む化け猫側にしてみればむやみに仲間を殺すことはできない、ではどうやって殺すべき人間を見分ければ良いのか、というのがひとつのポイントとなっていて、このあたりの丁々発止の頭脳戦が前半部を盛り上げていきます。とはいえ、人間側についている化け猫一匹を語り手に、物語は軽いサスペンスも交えて軽妙な筆運びで進められていくゆえ、こうした軽さを減速させる可能性もあるロジックの愉悦はやや控えめ。
ユニークな展開を見せていくのは、人間側の化け猫がせめてご主人様だけでも救出できればと立ち上がってからの中盤以降の展開で、化け猫の能力が意外なかたちに拡張され、こうなるともう何でもアリじゃないノと吃驚したのもつかの間、化け猫側も強力な助っ人を召還したことで事態はますます混沌としていきます。
人間側についた化け猫の視点から、敵方の思考をトレースしていくのですが、正直中盤以降に追加された何でもアリのルールにおいては伏線も何も超越してネタの開陳も何でもアリ。とはいえ、ある事態が発生してから、今度はそれを敵方の化け猫側の視点を用いて、その裏の裏を解き明かしていく結構が秀逸です。
副題に名探偵とありながらも、この名探偵がメルカトル鮎の遺伝子を受け継いだようなかなりアレな御仁で、敵方についた探偵がいうなれば神の視点から、織り込まれた仕掛けの構図を得意げに開陳していくのですが、この流れがあるからこそ、エピローグの中で明かされる最後の最後の一撃が痛快なかたちに仕上がっているところが微笑ましい。
個人的にはもっと中盤以降の頭脳戦において、小道具ひとつに反転ひとつというかんじで小刻みなどんでん返しをブチ込んだ方が「丸太町ルヴォワール」で講談社BOXリリースの本格ミステリに興味を持った自分のようなロートルの受けも良いんでないかなア、……という気もホンの一瞬だけしたのですが、本作の、ちょっとさじ加減を間違えればせわしないだけのドタバタ劇に堕ちかねない際どい物語の設定を、絶妙なバランス感覚とスマートな語りで仕上げてみせた本作の風格と、若者優先ロートルは二の次三の次という講談社BOXというレーベルの性格を鑑みれば、頭脳プレーの外連はあまり前面に押し出さず、人間に化けた化け猫と化け猫を援護する人間という転倒したキャラ同士の頭脳戦がもたらすスリリングな展開「そのもの」を愉しむのが吉、なのかもしれません。
ロートルな本格読みだと、まずこの設定の奇矯さを受け入れ、それに慣れるまでにある程度の時間を要するため、この展開についていく前半部だけでも息切れしてしまうテイタラクだったりするわけですが、どんなヘンテコな設定でもあるがまま受け入れることができる講談社BOXの若者読者だとまたかなり違った感想になるのではないか、という気もします。中年以降のミステリ読みはやや取り扱い注意、ということで。