そろそろ今年の台湾推理作家協会賞の発表があるというのに、今頃になって昨年の入選作を取り上げるというのもどうなのヨ、というかんじがなきにもあらず、なのですが、まあそこのところはどうかご容赦。昨年のウリは何よりも、昨年の入選作「傑克魔豆殺人事件」でイッキに台湾ミステリ界でも注目を浴びることになった陳浩基が二篇同時入選となったことでありまして、このあたりはジャケにも「同一作者、両篇入選」と書かれてもい、期待が高まるというものでしょう。
収録作は、「傑克魔豆殺人事件」と同様の探偵とワトソン役のシリーズもので、「青ひげ」の物語に謎とトリックを据えて本格ミステリへと改編した趣向が光る「藍・螂子的密室」、「藍・螂子的密室」とはまったく趣を異にした変態心理の描写に極上の仕掛けが炸裂する傑作「窺伺藍色的藍」、コンピューター内部を擬人化したアバンギャルドな作品世界をハードボイルドタッチで描き出した高普「西巴斯貝之戀」の全三編。
「藍・螂子的密室」は「藍・螂子」とある通りに、日本では「青ひげ」として知られた物語に、密室での死体消失と青髭公という人物の正体という謎を据えて、本格ミステリならではの仕掛けを施した逸品です。本作もまた、童話から本格ミステリへの改編によって、作中の構図がどのように変化したのか、――そのあたりに着目した読みがオススメなわけですが、「傑克魔豆殺人事件」でも十二分に感じられた軽快な筋運びと、いかにも本格ミステリ的な謎の編み込み方、そしてその見せ方は待通り。
森ン中でマッタリしていた二人の前へ突然ある女が現れる。彼女のただならぬ様子に話を聞くと、彼女は旦那に殺されるとヒス状態。絶対に開けちゃダメだよ、と言われていた部屋の鍵をゲットできたので、旦那の言いつけも守らずに中を覗いてみたら死体があって吃驚仰天。前妻も不可解な死を遂げたという噂もあるし、このままじゃ自分も殺されてしまう、ということで旦那の留守をいいことにトンズラこいてきた、――という彼女の話を聞いた二人は、一緒に城へと戻ってみると、すでに旦那はご帰還の様子。で、件の部屋をこっそり覗いてみると、死体はスッカリ消えてしまっている。果たして彼女は嘘をついているのか、それとも……という話。
この後も怪しい人物が部屋の周りを徘徊したりと、古典ミステリらしい雰囲気も取り入れた展開も添えて、最後の最後に明らかにされる真相は、悲哀も添えた盤石なもの。ある人物の印象が謎解きと事件の構図の開陳によって一変するという見せ方は「傑克魔豆殺人事件」にも通じるもので、おそらくはこのシリーズならではのお約束。
構図の美しさは「傑克魔豆殺人事件」の方が個人的には好みながら、密室トリックよりは登場人物の心理と印象操作に注力した仕掛けに、原典となる童話がシッカリと活かされているところなど、本編もまた安心して愉しむことのできる佳作でしょう。
二作同時入選ながら、「窺伺藍色的藍」はまったく雰囲気の異なる作品で、話を聞くと、台湾ミステリ界隈の人たちはこぞってこちらを絶賛している様子。それも納得の逸品で、物語は、ある野郎がブログへ暢気に日常を綴っている娘っ子をロックオン、人殺しに陵辱と何でもアリという裏サイトでの犯罪行為に絡めて、ある奸計が進められ、――という話。野郎の名前もシッカリと記されているし、いうなれば「犯人」もはじめから明らかで、殺人へと至る経緯を倒叙ものの形式で記していくという明快な結構をとりながら、それでも最後の最後に強烈な驚きがあるというのは、「容疑者Xの献身」以降、倒叙ものにトリックを施したという定番になりつつあるものながら、本作の場合、「犯人」の行った犯罪行為そのものに仕掛けがあるというよりは、犯罪を構成するために必要なもうひとつのある要素に巧妙な誤導が隠されているところが秀逸です。
これによって、あるものとあるものが見事に重なると同時に、この二つのものの間にあった「ずれ」が読者の前に立ち現れるという仕掛けも巧妙で、この二つの連関を達成するためにレイプ犯の様態に異様な真相が用意されてい、再読するとこの「ずれ」を読者に気取らせないための記述がそこかしこに鏤められていることが判ります(例えば114Pの「……網上的照片、我全都有看」とか)。
「傑克魔豆殺人事件」の作風から、陳浩基は、日本でいうと、構図に注力した非常に知的な作家という印象があったゆえ、こうした仕掛けで来るというのはマッタク予想していなかったので、これは嬉しい驚きでありました。本編の騙され感というのが、主人公の動作から目をそらすことなく物語を追いかけていたにもかかわらず、最後に明かされた真相に唖然とし、いったいどこで、何が、どうなったのか頭が真っ白になってしまうという、――深水氏の「五声のリチェルカーレ」を彷彿とさせるものであったことを指摘しておきましょう。
本格ミステリならではの仕掛けと精緻に編み込まれた構図の美しさが際立つ講談社ノベルズのシリーズとともに、「五声のリチェルカーレ」のような繊細にして豪腕な作品をものする匠である深水氏と、陳浩基は案外、通じるとこがあるんじゃないかナ、と感じた次第です。
高普の「西巴斯貝之戀」は、……申し訳ないです。正直ロートルの自分にはよく判らない(苦笑)。コンピュータ内部の動作を擬人化させ、失踪した娘を捜してもらいたいという依頼を受けた主人公が町をさまよう、――というのが大筋ながら、「グラン・ヴァカンス」「ラギット・ガール」という超絶的傑作を知っている日本人としては、やや複雑な読後感……なのでこのくらいで。
才気溢れる陳浩基の作品が読めるだけでも大満足の一冊ながら、ここまでの技巧派となれば、長編は書かないのかナーと考えてしまうのもファンの心理としては当然で、早く早く新作長編を、期待してしまうのでありました。オススメ、でしょう。