理屈っぽいキ印の悪夢を綴った連作短編集。いつもながらの、妙なところがロジカルでその偏執ぶりが狂気を紡いでいくという小林ワールドの暴走ぶり、シッカリ堪能しました。
収録作は、チョッとした手違いから運命の人を見逃してしまった男に狂気が宿る「待つ女」、何をするにもメンドくさいというグウタラ女の静かな狂気がおぞけを誘う「ものぐさ」、心配性からキ印なりの捻れた理屈とグロを極めた実験を行う人物の奈落を描いた「安心」、日野御大が憑依したとしか思えない人体損壊をだんじりの熱狂に託して活写した「英雄」の全四編に「探偵と依頼人」という挿話を挟んだ一冊です。
いずれも何かの強迫観念にとらわれた人物の妄執と悪夢を描き出したという風格で、「待つ女」は運命の人だと信じていた自分の妻が実は、――というおそれが心の中でふくらみに膨らんで狂気の世界へとダイブしていく男の物語。今自分がいるリアルをそっちのけに妙な観念へと堕ちていく男の狂態が凄まじい。
しかしこれは続く「ものぐさ」と「安心」に比べればビギナー篇とでもいうべきやさしさで、「ものぐさ」は、何をするにも面倒というタイトル通りのものぐさ女が奈落へと落ちていくという一編です。めんどくさいという気持ちは誰だって抱くものだし、実際のところ、そうした思考の端緒となる感情についてはこの主人公もフツーのひとと変わるところはありません。ヘンテコなのは、この女がものぐさゆえに引き寄せてしまった様々な不幸を他人のせいにする時の奇天烈ロジックでありまして、特に後半、彼女を襲う不幸に対して他人に責任転嫁するアレっぷりは完全に狂気。
このロジカルなゆえにヘン、という小林ワールドならではの風格を極めたのが続く「安心」で、何か悪いことが起きるんじゃないか、そうならないように色々と試してみないと気が済まないッという気持ちも、フツーの人なら抱くはずだし、これだけを取り出してみれば別段おかしなところはないのですけれど、この実験にのめり込むさまが完全に常軌を逸しており、そののめり込みを支える論理がそれに輪をかけてヘンテコ、というところが最高に怖い。
この作品は実験の犠牲になるのがいずれもか弱い動物というあたりも、フツーの人の神経を逆撫でするような凄まじさで、このあたり、小林氏は当然確信犯的にやっているのだと判ってはいても、実験がエスカレートするにつれ不快感もさらに増すという「読む拷問」ぶりは最凶です。
極惡ワールドとしての風格は「安心」が最高ながら、人体の損壊という点では「英雄」がピカ一で、だんじりに賭ける町の人々の狂気はどこかユーモラス、というところが小林節。だんじりで肉体が損壊していくさまを執拗なほどのディテールも込めて活写してみせるあたり、何だか日野漫画を見ているような既視感を覚えてしまいます。
そして外枠に凝らされた「探偵と依頼人」については、これまた期待通りに小林氏ならではのネタがしっかりと添えられてい、件の捜し人の正体が明らかにされるという結構ながら、この外枠だけはグロと狂気に流れることなく、どこか美しささえ感じさせる幕引きが余韻を残します。
一冊としての強度という点では角川ホラー文庫からリリースされているもののの方がステキながら、読む者の神経を逆撫でする凶悪な一編「安心」が収録されているだけでも本作は買い、ではないでしょうか。ファンの期待を決して裏切らない一冊としていうことでイヤな小説を読みたい、という変人君にも大いにオススメしておきたいと思います。